・・・長兄を、父と全く同じことに思い、次兄を苦労した伯父さんの様に思い、甘えてばかりいました。私が、どんなひねこびた我儘いっても、兄たちは、いつも笑って許してくれました。私には、なんにも知らせず、それこそ私の好きなように振舞わせて置いてくれました・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤーコブ・アインシュタインに、代数学とは一体どんなものかと質問した事があった。その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知ってい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「ええ、効性がないもんですから、いつお出でたんですの」おひろは銚子を取り上げながら辰之助に聞いたりした。「伯父さんの病気でね」「ああ、松山さんでしょう。あの体の大きい立派な顔の……二三日前に聞きましたわ。もう少し生きていてもらわ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄が独り言のようにつぶやく。弟は「母様に逢いたい」とのみ云う。この時向うに掛っているタペストリに織り出してある女神の裸体像が風もないのに二三度ふわりふわりと動く。 忽然舞台が廻る。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・やがて虚子が京都から来る、叔父が国から来る、危篤の電報に接して母と碧梧桐とが東京から来る、という騒ぎになった。これが自分の病気のそもそもの発端である。〔『ホトトギス』第三巻第三号 明治32・12・10〕・・・ 正岡子規 「病」
・・・そして鉄道長はわたしの叔父ですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生め、えい」 本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方に電報をかけました。それからしばらく顔色を変えて、みんなの返事をきいていました。確かにみんなから反対の約束・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。 ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの御沙汰もございません。お役人方に伺いましたが、多分忌中だから御沙汰がな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 夢の解答 私は今年初めて伯父に逢った。伯父は七十である。どう云う話のことからか話が夢のことに落ちて行った。そのとき伯父は七十の年でこう云った。「夢と云うものは気にするものではない。長い間夢も見て来たが皆出鱈目だ。・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・ただ首なき母親に哺育せられた憐れな太子と、その父と伯父とのみが熊野権現になるのである。しかるに同じ『熊野の本地』の異本のなかには、さらに女主人公自身を権現とするものがある。そのためには女主人公が首を切られただけに留めておくわけに行かない。首・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫