・・・ ト舌は赤いよ、口に締りをなくして、奴め、ニヤニヤとしながら、また一挺、もう一本、だんだんと火を移すと、幾筋も、幾筋も、ひょろひょろと燃えるのが、搦み合って、空へ立つ、と火尖が伸びる……こうなると可恐しい、長い髪の毛の真赤なのを見るよう・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ひらひら、ちらちらと羽が輝いて、三寸、五寸、一尺、二尺、草樹の影の伸びるとともに、親雀につれて飛び習う、仔の翼は、次第に、次第に、上へ、上へ、自由に軽くなって、卯の花垣の丈を切るのが、四、五度馴れると見るうちに、崖をなぞえに、上町の樹の茂り・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・堪らず袖を巻いて唇を蔽いながら、勢い釵とともに、やや白やかな手の伸びるのが、雪白なる鵞鳥の七宝の瓔珞を掛けた風情なのを、無性髯で、チュッパと啜込むように、坊主は犬蹲になって、頤でうけて、どろりと嘗め込む。 と、紫玉の手には、ずぶずぶと響・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・長々と力なげに手を伸ばして、かじかんだ膝を抱えていたのが、フト思出した途端に、居合わせた娘の姿を、男とも女とも弁別える隙なく、馴れてぐんなりと手の伸びるままに、細々と煙の立つ、その線香を押着けたものであろう。 この坊様は、人さえ見ると、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・子供は、自分の好きな学科を修得し、それによって伸びる決意を有しています。しかるに、その子供に人生の希望と高貴な感激を与えて、真に愛育することを忘れて、つまらぬ虚栄心のために、むずかしいと評判されるような学校へ入れようとしたり、子供の力量や、・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・その時期はあと十日、八月二十日だ、しかし、この十日を生き伸びることはむずかしいわいと、私は思案した。 ところが、戦争の終ったのは、八月十五日であった。その朝、隣組の義勇隊長から義勇隊の訓練があるから、各家庭全員出席すべしといって来た。・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・長おもてのやせこけた顔で、頭は五分刈りがそのまま伸びるだけ伸びて、ももくちゃになって少しのつやもなく、灰色がかっている。 文公のおかげで陰気がちになるのもしかたがない、しかしたれもそれを不平に思う者はないらしい。文公は続けざまに三四杯ひ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・「えゝい。皆のよれ短いんじゃもん!」「引っぱったって延びせん――そんなことしよったらうしろへころぶぞ!」「えゝい延びるんじゃ!」 そこへ父が帰って来た。「藤は、何ぐず/\云よるんぞ!」藤二は睨みつけられた。「そら見い・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・「どうしてとうさんの爪はこう延びるんだろう。こないだ切ったばかりなのに、もうこんなに延びちゃった。」 と、私は次郎に言ってみせた。貝爪というやつで、切っても、切っても、延びてしかたがない。こんなことはずっと以前には私も気づかなかった・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・庭の若草の芽も一晩のうちに伸びるような暖かい春の宵ながらに悲しい思いは、ちょうどそのままのように袖子の小さな胸をなやましくした。 翌日から袖子はお初に教えられたとおりにして、例のように学校へ出掛けようとした。その年の三月に受け損なったら・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
出典:青空文庫