・・・直ぐお迎いをというので、お前様、旦那に伺うとまあどうだろう。 御遊山を遊ばした時のお伴のなかに、内々清心庵にいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、先にもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾というので、そっとこれまでにお・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・とにかくと、解きかけた帯を挟んで、ずッと寄って、その提灯の上から、扉にひったりと頬をつけて伺うと、袖のあたりに、すうーと暗くなる、蝋燭が、またぽうと明くなる。影が痣になって、巴が一つ片頬に映るように陰気に沁み込む、と思うと、ばちゃり……内端・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「俺れゃ、君が這入ったんかと思うて、ここで様子を伺うとったんだ。」「誰れだ?」「分らん。」「下士か、将校か?」「ぼっとしとって、それが分らないんだ。」「誰奴かな。」「――中に這入って見てやろう。」「よせ、よせ、…・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 隣家を外から伺うと、人声一つせず、ひっそりと静まりかえっていた。たゞ、鶏がコツ/\餌を拾っているばかりだ。すべてがいつもと変っていなかった。でも彼は、反物が気にかゝって落ちつけなかった。 彼は家のぐるりを一周して納屋へ這入って見た・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・若し戦争について、それを真正面から書いていないにしても、戦争に対する作家の態度は、注意して見れば一句一節の中にも、はっきりと伺うことがある。それをも調べて、その作家が誰れの味方であったかを、はっきりして置くのは必要である。 従来、それら・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・で、私を何所へ遣ったものでしょうと家でもって先生に伺うと、御茶の水の師範学校付属小学校に入るが宜かろうというので、それへ入学させられました。其頃は小学校は上等が一級から八級まで、下等が一級から八級までという事に分たれて居ましたが、私は試験を・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・大内義弘亡滅の後は堺は細川の家領になったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・「相川君、まだ僕は二三日東京に居る積りですから、いずれ御宅の方へ伺うことにしましょう」こう原は言出した。「いろいろ御話したいこともある」「では、君、こうしてくれ給え。明日午前に僕の家へやって来てくれ給え。久し振でゆっくり話そう」・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・それでも、ときどき、なんだか、ふびんに伺うことがある。お医者は、その都度、心を鬼にして、奥さまもうすこしのご辛棒ですよ、と言外に意味をふくめて叱咤するのだそうである。 八月のおわり、私は美しいものを見た。朝、お医者の家の縁側で新聞を読ん・・・ 太宰治 「満願」
・・・このごろは、めっきり又、家族の御機嫌を伺うようになった。勲章を発明した。メキシコの銀貨に穴をあけて赤い絹紐を通し、家族に於いて、その一週間もっとも功労のあったものに、之を贈呈するという案である。誰も、あまり欲しがらなかった。その勲章をもらっ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫