・・・往来に、あるいは佇み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大・・・ 太宰治 「畜犬談」
ここに一枚のスケッチがある。のどもとのつまった貧しい服装をした中年の女がドアの前に佇み、永年の力仕事で節の大きく高くなった手で、そのドアをノックしている。貧しさの中でも慎しみぶかく小ざっぱりとかき上げられて、かたく巻きつけ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・私はカゼで門のところに佇み、黄色いずくめの太郎が初めて会った南枝子の手をとって歩いてゆくのを遠くなるまで眺めました。きょう布団カヴァー、シャツ下へきるもの等送りました。四五日うちに新しい夜着もお届け出来ます。この絵は文学的ではあるが、不折が・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・夕刊売子と並んで佇み、私は、「さあいそがずに。気をつけて。――いそがずに気をつけて……」と心の中で調子をとって呟くのであった。 人々の押し合う様子は、もう三四十分のうちに、電車も何も無くなると思うようであった。最後の一人をのせ、・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・よく東京から来た汽車に出会い、畑の中に佇み百姓娘のように通過する都会的窓々を見上げた。知った人が一瞬の間に、おや! と自分を認めたかもしれないと可笑しがった。今年は、郊外へ引越したし、多分何処へも行きはしなかろう。――行けぬという方が正しい・・・ 宮本百合子 「夏」
・・・ 日向をさけて、建物のひさしの下によって佇みながら、ひろ子は、この女のひとたちの集っている光景を美しいと思って眺めた。そこにはいろんな顔をした子供たちがいる。その母たち一つ一つの顔には生きて来た経歴が表情となって刻み出ており、しかも、こ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 考えて見れば、私は、彼の行方が知れなくなった時、あの縁側に佇み、青葉をつけ始めた樹木を眺めながら「さては」ととむねをつかれた時、やはり泣かなかった。磐石が心に押しかぶさったような云い難い苦痛を覚えた。それだ。それが今もつづいている。斯・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
出典:青空文庫