・・・妙子はその間も漢口の住いに不相変達雄を思っているのです。いや漢口ばかりじゃありません。外交官の夫の転任する度に、上海だの北京だの天津だのへ一時の住いを移しながら、不相変達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢の子もちになっているので・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・その代り今夜は姫への土産に、おれの島住いがどんなだったか、それをお前に話して聞かそう。またお前は泣いているな? よしよし、ではやはり泣きながら、おれの話を聞いてくれい。おれは独り笑いながら、勝手に話を続けるだけじゃ。」 俊寛様は悠々と、・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・私がその町に住まい始めた頃働いていた克明な門徒の婆さんが病室の世話をしていた。その婆さんはお前たちの姿を見ると隠し隠し涙を拭いた。お前たちは母上を寝台の上に見つけると飛んでいってかじり付こうとした。結核症であるのをまだあかされていないお前た・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ いちじくと言われたので、僕はまた国府津の二階住いを冷かされたように胸に堪えた。「まだもう少し食べられないよ」と言って、僕は携えて来た土産を分けてやった。 妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
震火で灰となった記念物の中に史蹟というのは仰山だが、焼けてしまって惜まれる小さな遺跡や建物がある。淡島寒月の向島の旧庵の如きその一つである。今ではその跡にバラック住いをして旧廬の再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳の手沢の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・一と口にいうと、地方からポッと出の山出し書生の下宿住い同様であって、原稿紙からインキの色までを気にする文人らしい趣味や気分を少しも持たなかった。文房粧飾というようなそんな問題には極めて無頓着であって、或る時そんな咄が出た時、「百万両も儲かっ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・では、郷を去るまでだ、俺は俺の頭を守ると、私は気障な言い方をして、寮を去り下宿住いをした。丁度満州事変が起った直後のことであった。 寮生はすべて丸刈りたるべしという規則は、私にとっては奇怪な規則であった。私は何故こんな規則が出来たのだろ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 嫁を世話をしよう一人いいのがあると勧めた者は村長ばかりではない、しかしまじめな挨拶をしたことなく、今年三十一で下宿住まい、このごろは人もこれを怪しまないほどになった。 梅ちゃん、先生の下宿はこの娘のいる家の、別室の中二階である。下・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 二 私はそのころ下宿屋住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。 田口というは昔の家老職、城山の下に立派な屋・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ アパアト住い「南房」の階上。 独房――「No. 19.」 共犯番号「セ」の六十三号。 警察から来ると、此処は何んと静かなところだろう。長い廊下の両側には、錠の下りた幾十という独房がズラリと並んでいた・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫