・・・ために体内新たな活動力を得たごとくに思われたのである。 実際の状況はと見れば、僅かに人畜の生命を保ち得たのに過ぎないのであるが、敵の襲撃があくまで深酷を極めているから、自分の反抗心も極度に興奮せぬ訳にゆかないのであろう。どこまでも奮闘せ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 栗本は、ドキリとした瞬間から、急激に体内の細胞が変化しだしたような気がした。彼はもう失うべき何物もなかった。恐るべき何者もなかった。どうせ死へ追いやられるばかりだ。 彼等は丘を下って行った。胸には強暴な思想と感情がいっぱいにな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ しかし、この時の独歩の体内に流れていた血は、明かに支配階級に属する年少気鋭の忠勇なる士官のそれと異らないものであった。だから彼は、陸兵が敵地にまんまと上陸し得たことを痛快々々! と叫び、「吾れ実に大日本帝国のために万歳を三呼せずんばあ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・怒鳴り散らしているうちに、身のたけ一尺のびたような、不思議なちからをさえ体内に感じた。 あまりの剣幕に、とみの唇までが蒼くなり、そっと立ちあがって、「あの。とにかく。弟に。」聞きとれぬほど低くとぎれとぎれに言い、身をひるがえして部屋・・・ 太宰治 「花燭」
・・・脚の傷がなおっても、体内に恐水病といういまわしい病気の毒が、あるいは注入されてあるかもしれぬという懸念から、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。飼い主に談判するなど、その友人の弱気をもってしては、とてもできぬことである。じっと・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・命取りの強敵はもう深く体内に侵入しているがそんなことは熊にはわからない。またあわてて駆け出す。わけはわからないが本能的に敵から遠ざかるような方向に駆け出すのである。右の腰部からまっ黒な血がどくどく流れ出して氷盤の上を染める。映画では黒いだけ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 数分の休息と三片のキャラメルで自分の体内の血液の成分が正常に復したと見えてすっかり元気を取りもどしてひと息に頂上までたどりつくことができた。 頂上にはD研究所のT理学士が天文の観測をするためにもう十数日来テントを張って滞在している・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・病魔のステッキが体内をあばれ回るのである。 日本で製造して売っている金具付きのステッキはみんな少し使っていると金具がもげたり、はじけたり、へこんだりしてだめである。ここ数年来の経験でこの事実を確かめることができた。もっともステッキに限ら・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・ これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・近ごろ流行の言葉を使えば、体内各種のホルモンの分泌のバランスいかんが俳人と歌人とを決定するのではないかという気もする。これはしかるべき生理学者の研究題目になりうるのではないかと思われる。 それはいずれにしても、上述のごとき俳句における作・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
出典:青空文庫