・・・あれはいつだったっけ、何でも俺が船へ乗り込む二三日前だった、お前のところへ暇乞いに行ったら、お前の父が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕のある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出し・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・い、その間も前夜より長く圧え付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなく終ったのだ、がこの二晩の出来事で私も頗る怯気がついたので、その翌晩からは、遂に座敷を変えて寝たが、その後は別に何のこともなかった、何でもその後近所の噂に聞くと、前に住んで・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・「何でもええ。あっというようなことを……」 考えているうちに、「――そうだ、あの男を川へ突き落してやろう」 豹吉の頭にだしぬけに、そんな乱暴な思いつきが泛んだ。「煙草の火かしてくれ」 豹吉は背中へぶっ切ら棒な声を・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「だから馬鈴薯には懲々しましたというんです。何でも今は実際主義で、金が取れて美味いものが喰えて、こうやって諸君と煖炉にあたって酒を飲んで、勝手な熱を吹き合う、腹が減たら牛肉を食う……」「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「先生何に?」と寄って来て問うた。「何でも宜しい!」「だって何に? 拝見な。よう拝見な」と自分にあまえてぶら下った。「可けないと言うに!」と自分は少女を突飛ばすと、少女は仰向けに倒れかかったので、自分は思わずアッと叫けんでこ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・吾家の母様もおまえのことには大層心配をしていらしって、も少しするとおまえのところの叔父さんにちゃんと談をなすって、何でもおまえのために悪くないようにしてあげようって云っていらっしゃるのだから、辛いだろうがそんな心持を出さないで、少しの間辛抱・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ そんな事はどうでもいいが、とにかくに骨董ということは、貴いものは周鼎漢彝玉器の類から、下っては竹木雑器に至るまでの間、書画法帖、琴剣鏡硯、陶磁の類、何でも彼でも古い物一切をいうことになっている。そして世におのずから骨董の好きな人がある・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「ああ、いい酒だ、サルチルサンで甘え瓶づめとは訳が違う。「ほめてでももらわなくちゃあ埋らないヨ、五十五銭というんだもの。「何でも高くなりやあがる、ありがてえ世界だ、月に百両じゃあ食えねえようになるんでなくッちゃあ面白くねえ。・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 左れど今の私自身に取っては、死刑は何でもないのである。 私が如何にして斯る重罪を犯したのである乎、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。百年の後ち、誰か或は私に代って言うかも知れぬ、孰れに・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「お前達は、何でも俺が無暗とお金を使いからかすようなことを言う――」 こうおげんは荒々しく言った。 お新と共に最後の「隠れ家」を求めようとするおげんの心は、ますます深いものと成って行った。彼女は自分でも金銭の勘定に拙いことや、そ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫