・・・「如何でございましょう。拝領仰せつけられましょうか。」 宗俊の語の中にあるものは懇請の情ばかりではない、お坊主と云う階級があらゆる大名に対して持っている、威嚇の意も籠っている。煩雑な典故を尚んだ、殿中では、天下の侯伯も、お坊主の指導・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 吉助「されば稀有な事でござる。折から荒れ狂うた浪を踏んで、いず方へか姿を隠し申した。」 奉行「この期に及んで、空事を申したら、その分にはさし置くまいぞ。」 吉助「何で偽などを申上ぎょうず。皆紛れない真実でござる。」 奉行は・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ついでに鯔と改名しろなんて、何か高慢な口をきく度に、番ごと籠められておいでじゃないか。何でも、恐いか、辛いかしてきっと沖で泣いたんだよ。この人は、」とおかしそうに正向に見られて、奴は、口をむぐむぐと、顱巻をふらりと下げて、「へ、へ、へ。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・欲い物理書は八十銭。何でも直ぐに買って帰って、孫が喜ぶ顔を見たさに、思案に余って、店端に腰を掛けて、時雨に白髪を濡らしていると、其処の亭主が、それでは婆さんこうしなよ。此処にそれ、はじめの一冊だけ、ちょっと表紙に竹箆の折返しの跡をつけた、古・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「政夫さん、なに……」「何でもないけど民さんは近頃へんだからさ。僕なんかすっかり嫌いになったようだもの」 民子はさすがに女性で、そういうことには僕などより遙に神経が鋭敏になっている。さも口惜しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 独逸といえば、或る時鴎外を尋ねると、近頃非常に忙がしいという。何で忙がしいかと訊くと、或る科学上の問題で北尾次郎と論争しているんで、その下調べに骨が折れるといった。その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・あれはいつだったっけ、何でも俺が船へ乗り込む二三日前だった、お前のところへ暇乞いに行ったら、お前の父が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕のある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出し・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 電熱器を百台……? えっ? 何ですって? 梅田新道の事務所へ届けてくれ? もしもし、放送局へ掛けてるんですよ、こちらは……。えっ? 莫迦野郎? 何っ? 何が莫迦野郎だ?」 混線していた。「ああ、俺はいつも何々しようとした途端、必ず・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・「何でもええ。あっというようなことを……」 考えているうちに、「――そうだ、あの男を川へ突き落してやろう」 豹吉の頭にだしぬけに、そんな乱暴な思いつきが泛んだ。「煙草の火かしてくれ」 豹吉は背中へぶっ切ら棒な声を・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・頓て其蒼いのも朦朧となって了った…… どうも変さな、何でも伏臥になって居るらしいのだがな、眼に遮ぎるものと云っては、唯掌大の地面ばかり。小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫