・・・するとぶくぶくはよろこんで、「どうぞおともにつけて下さいまし。何よりの仕合せでございます。」と言って、すぐに家来になりました。 二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・私は何より先に家で食うだけのものを作らねばなりません。でないと子どもらがひもじいって泣きます。あとの事、あとの事。まだ天国の事なんか考えずともよろしい。死ぬ前には生きるという事があるんだから」 で鳩はまた百姓の言ったかわいそうな奥さんが・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・小猫などは、折さえあると夜昼かまわずスバーの膝にとび上り心持よさそうに丸まって、彼女が柔かい指で背中や頸を撫で撫で寝かしつけて呉れるのを、何より嬉しそうにします。 スバーは、此他もう少し高等な生きものの中にも一人の仲間を持っていました。・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・あんな意気地無しの卑屈な怠けものには、そのような醜聞が何よりの御自慢なのだ。そうして顔をしかめ、髪をかきむしって、友人の前に告白のポオズ。ああ、おれは苦しい、と。あの人の夜霧に没する痩せたうしろ姿を見送り、私は両肩をしゃくって、くるりと廻れ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・今後彼がこれをどう取り扱うかが何よりの見ものであろう。エジントンの云うところを聞くと、一般相対原理はほとんどすべてのものから絶対性を剥奪した。すべては観測者の尺度による。ただ一つ残されたものが「作用」と称するものである。これだけが絶対不変な・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ ピエエルさん。何よりさきにあなたに申さなくてはならないのは、あなたのお作の中に出て来る女とわたくしとは違うと申す事でございます。何もわたくしが一人ひどく変った女だと申すのではございません。わたくしはただ当り前の田舎の女でございます。わ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ よき作品も創りたいとあせって、外に求めても時が熟さなければ、何より大切な心の準備が出来ない。つつましい、引しまった、鋭い精神の上に、徐々日の出のように方向が見え、自分の意企が輝いて来たら、嬉しさではしゃいではいけない。じっと心を守り、・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・それでも自分で自分を励まして、金部屋へ引き返して、何より先に金箱の錠前を改めた。なんの異状もない。「先ず好かった」と思った時、眩暈が強く起こったので、左の手で夜具葛籠を引き寄せて、それに靠り掛かった。そして深い緩い息を衝いていた。 ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・このようなことは、禅機に達することだとは思わないが、カルビン派のように、知識で信仰にはいろうとしなければならぬ近代作家の生活においては、孝道氏の考え方は迷いを退けるには何よりの近道ではないかと思う。 他人のことは私は知らないが自分一人で・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫