・・・楢や櫟を切り仆して椎茸のぼた木を作る。山葵や椎茸にはどんな水や空気や光線が必要か彼らよりよく知っているものはないのだ。 しかしこんな田園詩のなかにも生活の鉄則は横たわっている。彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使ってい・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其為めに消えません。」「けれども其は止を得ないでしょう。」「だから運命です。離婚した処で生の母が父の仇である事実は消ません。離婚した処で妹を妻として愛する僕の愛は変りません。人・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・荷車で餌を買いに行ったり、小屋の掃除をしたり、交尾期が来ると、掛け合わして仔豚を作ることを考えたり、毎日、そんなことで日を暮した。おかげで彼の身体にまで豚の臭いがしみこんだ。風呂でいくら洗っても、その変な臭気は皮膚から抜けきらなかった。・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・蟻が塔を造るような遅たる行動を生真面目に取って来たのであるから、浮世の応酬に疲れた皺をもう額に畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞が出来ているのであった。しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・先生の文は決して売らんがために作るものではなかった。其売れる売れないとは毫も文士として先生の偉大を損するに足らぬのである。 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追われて、月日を送るという境涯でも、あの蛙が旅情をそそるように鳴出す頃になると、妙に寂しい思想を起す。旅だ――五月・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・それでおかあさんは、すぐそこには人が集まって、聖ヨハネ祭の草屋を作るために、その葉を採っているのだと気がつきました。しかしてそこには水があると見こみをつけてそっちに行ってみました。 途中には生けがきに取りめぐらされて白い門のある小さな住・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・僕は恥辱を忍んで言うのだけれど、なんの為に雑誌を作るのか実は判らぬのである。単なる売名的のものではなかろうか。それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思いをしている。こんなものを、――そんな感じがして閉口して居る。殆ど自分一・・・ 太宰治 「喝采」
・・・けれどこの三箇の釜はとうていこの多数の兵士に夕飯を分配することができぬので、その大部分は白米を飯盒にもらって、各自に飯を作るべく野に散った。やがて野のところどころに高粱の火が幾つとなく燃された。 家屋の彼方では、徹夜して戦場に送るべき弾・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・戸を締め切って窓掛を卸して、まるで贋金を作るという風でこの為事をしたのである。 翌朝国会議事堂へ行った。そこの様子は少しおれを失望させた。卓と腰掛とが半圏状に据え付けてある。あまり国のと違っていない、議長席がある。鐸がある。水を入れた瓶・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫