・・・日記や随筆と変らぬ新人の作品が、その素直さを買われて小説として文壇に通用し、豊田正子、野沢富美子、直井潔、「新日本文学者」が推薦する「町工場」の作者などが出現すると、その素人の素直さにノスタルジアを感じて、狼狽してこれを賞讃しなければならぬ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・自分のあの作が、それだけの感動に値いするものだとはけっして考えはしないのだが、第一にあの作には非常な誇張がある、けっして事実のものの記録ではないのだが、それがこの青年囚徒氏に単純な記録として読まれて、作品としての価値以上の一種の感激を与えて・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされていた。私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静か・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・そしてその感染性とわれわれの人格教養の血肉となり、滋養となり、霊感とさえもなる力もまた文芸の作品に劣るものではない。ただ文芸には文芸の約束があり、倫理学にはその特殊の約束があるのみである。カントの道徳哲学を読んで人間理性の自律の崇高感に打た・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・うるおいと感傷との豊かな点では私はまれな作品だろうと思う。あれをセンチメンタルだと評する人もあるが、あの中には「運命に毀たれぬ確かなもの」を追求しようとする強い意志が貫いているのだ。 ただ私は当時物質的苦労、社会的現実というもの、つまり・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・ なる程、農民の生活から取材した作品、小作人と地主との対立を描いた作品、農村における農民組合の活動を取扱った作品等は、プロレタリア文学には幾つかある。立野信之、細野孝二郎、中野重治、小林多喜二等によって幾つかは生産されている。そこには、・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・の三つの作品に於ては、そこに、ブルジョアジーの一般的戦争反対文学とは異ったものがある。プロレタリアートは、まず、インタナショナルの精神を高揚する。「インタナショナルとは、国際的乃至世界的団結、全世界的同盟という意味である。」ブハーリン監輯の・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は、自分の作品を窯から取出す、火のための出来損じがもとより出来る、それは一々取っては抛げ、取っては抛げ、大地へたたきつけて微塵にしたと聞いています。いい心持の話じゃありませんか。」「ムム、それで六兵衛一家の基・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・とでもいったようなものを、ぼそぼそ書きはじめて、自分の文学のすすむべき路すこしずつ、そのおのれの作品に依って知らされ、ま、こんなところかな? と多少、自信に似たものを得て、まえから腹案していた長い小説に取りかかった。 昨年、九月、甲州の・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。次男は、二十四歳。これは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫