・・・そこは、雨が降ると、草花も作物も枯れてしまった。雨は落ちて来しなに、空中の有毒瓦斯を溶解して来る。 長屋の背後の二すじの連山には、茅ばかりが、かさ/\と生い茂って、昔の巨大な松の樹は、虫歯のように立ったまゝ点々と朽ちていた。 灰色の・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・あれなぞをこう比べて見ると、北村君の行き方は、一度ある題目を捉えると容易にそれを放擲して了うという質の人では無い、何度も何度も心の中で繰り返されて、それが筆に上る度に、段々作物の味が深くなってゆくという感じがする。『富嶽の詩神を懐ふ』という・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ その先には作物を作らずに休ませておく畑があって、森の中よりもずっと熱い日がさしていました。灰色の土塊が長く幾畦にもなっているかと思うと、急にそれが動きだしたので、よく見ると羊の群れの背が見えていたのでした。 羊、その中にも小羊はお・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・新時代の作物としてはもの足らないという評、自分でも予期していた評がかなり多かった。それに、青年の心理の描写がピタリと行っていない。こうも言われた。やはり自分で、すっかりのみ込んでしまわなかった部分が、どこか影が薄いのであった。 巻頭に入・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・たとえば古来の数学者が建設した幾多の数理的の系統はその整合の美においておそらくあらゆる人間の製作物中の最も壮麗なものであろう。物理化学の諸般の方則はもちろん、生物現象中に発見される調和的普遍的の事実にも、単に理性の満足以外に吾人の美感を刺激・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ 実際作物の創作心理から考えてみても、考えていたものがただそのままに器械的に文字に書き現わされるのではなくて、むしろ、紙上の文字に現われた行文の惰力が作者の頭に反応して、ただ空で考えただけでは決して思い浮かばないような潜在的な意識を引き・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「もっともこの砂礫じゃ、作物はだめだからね」「いいえ、作物もようできますぜ。これからあんた先へ行くと、畑地がたくさんありますがな」「この辺の土地はなかなか高いだろう」「なかなか高いです」 道路の側の崖のうえに、黝ずんだ松・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 善ニョムさんは、老人のわりに不信心家だが、作物に対しては誰よりも熱心な信心家だった。雲が破けて、陽光が畑いちめんに落ちると、麦の芽は輝き躍って、善ニョムさんの頬冠りは、そのうちにまったく融けこんでしまった。 それだから、ちょうどそ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・ 日高君の説によると、コンラッドは背景として自然を用いたのではない、自然を人間と対等に取扱ったのである、自然の活動が人間の活動と相交渉し、相対立する場合を写した作物である。これを主客顛倒と見るのは始めから自然は客であるべきはずとの僻目か・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・してみると統一が劇の必要であると云う趣味から沙翁の作物を見れば失望するにきまっている。あるいは駄作になるかも知れぬ。しかしこれがために統一論の価値がなくなったのではない。その価値がモジフハイされたのであると思う。だからこの条件を充たした劇を・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫