・・・――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」「デンネツ? 電気の熱か何かかい?」「困るなあ、文学者は。」 宮本はそう云う間にも、火の気の映ったストオヴの口へ一杯の石炭を浚いこんだ。「温度の異なる二つの物体を互に接触せし・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・この故に万人に共通する悲劇は排泄作用を行うことである。 強弱 強者とは敵を恐れぬ代りに友人を恐れるものである。一撃に敵を打ち倒すことには何の痛痒も感じない代りに、知らず識らず友人を傷つけることには児女に似た恐怖を感ずるも・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・唯物史観に立脚するマルクスは、そのままに放置しておいても、資本主義的経済生活は自分で醸した内分泌の毒素によって、早晩崩壊すべきを予定していたにしても、その崩壊作用をある階級の自覚的な努力によって早めようとしたことは争われない。そして彼はその・・・ 有島武郎 「想片」
・・・不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中から跳り出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようと・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・そんなら、この処に一人の男(仮令があって、自分の神経作用が従来の人々よりも一層鋭敏になっている事に気が付き、そして又、それが近代の人間の一つの特質である事を知り、自分もそれらの人々と共に近代文明に醸されたところの不健康な状態にあるものだと認・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・そうなると恐ろしいもので、物を云うにも思い切った言は云えなくなる、羞かしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。 ここ十日ほど仲垣の隔てが出来て、ロクロク話もせなかったから、これも今までならば無論そんなこと考えもせぬ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ひそかに抱いていた性的なものへの嫌悪に逆に作用された捨鉢な好奇心からだった。自虐めいたいやな気持で楽天地から出てきたとたん、思いがけなくぱったり紀代子に出くわしてしまった。変な好奇心からミイラなどを見てきたのを見抜かれたとみるみる赧くなった・・・ 織田作之助 「雨」
・・・みても、どうにも面白くなくて、正直にその旨言うと、あれが判らぬようでは困るな、勉強が足らんのだよと嘲笑され、頭をかきながら引き下って読んでいるうちに、何だか面白くないが立派なものらしいという一種の結晶作用が起って、判らぬままに模倣して、第二・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・がしかしそれも、脱ぎ棄てた宿屋の褞袍がいつしか自分自身の身体をそのなかに髣髴させて来る作用とわずかもちがったことはないではないか。あの無感覚な屋根瓦や窓硝子をこうしてじっと見ていると、俺はだんだん通行人のような心になって来る。あの無感覚な外・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫