・・・生麦の鰺、佳品である。 魚友は意気な兄哥で、お来さんが少し思召しがあるほどの男だが、鳶のように魚の腹を握まねばならない。その腸を二升瓶に貯える、生葱を刻んで捏ね、七色唐辛子を掻交ぜ、掻交ぜ、片襷で練上げた、東海の鯤鯨をも吸寄すべき、恐る・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・皿についたのは、このあたりで佳品と聞く、鶫を、何と、頭を猪口に、股をふっくり、胸を開いて、五羽、ほとんど丸焼にして芳しくつけてあった。「ありがたい、……実にありがたい。」 境は、その女中に馴れない手つきの、それも嬉しい……酌をしても・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・丹泉は元来毎つねづね江西の景徳鎮へ行っては、古代の窯器の佳品の模製を良工に指図しては作らせて、そしていわゆる掘出し好きや、比較的低い銭で高い物を買おうとする慾張りや、訳も分らぬくせに金銭ずくで貴い物を得ようとする耳食者流の目をまわさせていた・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・一日、一日、カク手ガ氾濫シテ来テ、何ヲ書イテモ、ドンナニ行儀ワルク書イテモ、ドンナニ甘ッタレテ書イテモ、ソレガ、ソンナニ悪イ文章デナシ、ヒトトオリ、マトマリ、ドウニカ小説、佳品、トシテノ体ヲ為シテイル様、コレハ危イ。スランプ。打チサエスレバ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・神の罰うけて、与えられたる暗たんの命数にしたがい、今さら誰を恨もう、すべては、おのれひとりの罪、この小説書きながらも、つくづくと生き、もて行くことのもの憂く、まったくもって、笹の葉の霜、いまは、せめて佳品の二、三も創りお世話になったやさしき・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 露伴の文章がどうのこうのと、このごろ、やかましく言われているけれども、それは露伴の五重塔や一口剣などむかしの佳品を読まないひとの言うことではないのか。 王勝間にも以下の文章あり。「今の世の人、神の御社は寂しく物さびたるを尊しと思ふ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫