・・・下の大きな、顴骨の高い、耳と額との勝れて小さい、譬えて見れば、古道具屋の店頭の様な感じのする、調和の外ずれた面構えであるが、それが不思議にも一種の吸引力を持って居る。 丁度私が其の不調和なヤコフ・イリイッチの面構えから眼を外らして、手近・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・…… 我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪を掻いて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮大紅蓮の土壇とも、八寒地獄の磔柱とも、譬えように口も利けぬ。ただ吹雪に怪飛んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女は、台所の筵敷に居敷・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と黄色い更紗の卓子掛を、しなやかな指で弾いて、「何とも譬えようがありません。ただ一分間、一口含みまして、二三度、口中を漱ぎますと、歯磨楊枝を持ちまして、ものの三十分使いまするより、遥かに快くなるのであります。口中には限りません。精・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「貧乏ひまなしの譬えになりましょう」「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか?」 そのうち、正ちゃんがどこからか帰って来て、僕のそばへ坐って、今聴いて来た世間のうわさ話をし出す。お君さんは茶を出して来る。お貞・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ お光は黙って席を譲った。 為さんは小机の前にいざり寄って、線香を立て、鈴を鳴らして殊勝らしげに拝んだが、座を退ると、「お寂しゅうがしょうね?」と同じことを言う。 お光は喩えようのない嫌悪の目色して、「言わなくたって分ってらね」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・曲っててもいい、女房になってくれる女があれば、その女のために一所懸命やろうと思っていたが、到頭その機会が来た、自分は今までの世の中に一人ぼっちだという寂しさからつい僻みが出てやけも起したが、これからは例え二階借りでも世帯を持つのだから、男に・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と上村は少し躍起になって、「例えてみればそんなものなんで、理想に従がえば芋ばかし喰っていなきゃアならない。ことによると馬鈴薯も喰えないことになる。諸君は牛肉と馬鈴薯とどっちが可い?」「牛肉が可いねエ!」と松木は又た眠むそうな声で真面・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 母は毎日のように、女はこわいものだという講釈をして聴かし、いろいろと昔の人のことや、城下の若い者の身の上などを例えに引いて話すのでございます。安珍清姫のことまで例えに引きました。外面如菩薩内心如夜叉などいう文句は耳にたこのできるほど聞・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・こはおもしろしと走り寄りて見下せば、川は開きたる扇の二ツの親骨のように右より来りて折れて左に去り、我が立つところの真下の川原は、扇の蟹眼釘にも喩えつべし。ところの名を問えば象が鼻という。まことにその名空しからで、流れの下にあたりて長々と川中・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 翌朝になると、二度と小竹の店を見る日は来ないかのような、その譬えようもないお三輪のさびしさが、思いがけない心持に変って行った。ふと、お三輪は浦和の古い寺の方に長く勤めた住職のあったことを思い出した。その住職は多年諸国の行脚を思い立ちな・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫