・・・然し、植木屋の安が、例年の通り、家の定紋を染出した印半纒をきて、職人と二人、松と芭蕉の霜よけをしにとやって来た頃から、間もなく初霜が午過ぎから解け出して、庭へはもう、一足も踏み出されぬようになった。二 家の飼犬が知らぬ間に何・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 話は前へもどって、わたくしは七月の初東京の家に帰ったが、間もなく学校は例年の通り暑中休暇になるので、家の人たちと共に逗子の別荘に往き九月になって始めて学校へ出た。しかしこれまで幾年間同じ級にいた友達とは一緒になれず、一つ下の級の生徒に・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・しかし猫には夕飯まで喰わして出て来たのだからそれを気に掛けるでもないが、何しろ夫婦ぐらしで手の抜けぬ処を、例年の事だから今年もちょっとお参りをするというて出かけたのであるから、早く帰らねば内の商売が案じられるのである。ほんとうに辛抱の強い、・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ ほとんど夜中まで広場中に鳴り渡った華やかな音楽は、ソヴェト音楽家達のメーデーである。 例年作家団体は、デモに参加して数十万の勤労者とともに赤い広場でスターリンの激励の言葉に向って、歓呼の声をあげる。 五月二日はいわば一日の疲れ・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・森長さんや九段は例年通りでよろしいでしょう? もう一度は年内にかけますね、或は二度? この一つ二つの手紙の中で今年出来たものをみんなおみせして新年は新しい諧調をもってはじめたいと思います。風邪はお気をつけになって。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・同じ年の三月に入学する児童の数と卒業してゆく子の数とを見くらべると、就学率こそ年々九九パーセントを示していても、卒業する少年少女は例年三十万から四十万減っている。卒業式の日に姿をみせなかったそれらの子供たちは、みんなどこかに働かされていて、・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
一 十二月号の雑誌や新聞には、例年のしきたりで、いくたりかの作家・評論家によって、それぞれの角度から一九四九年の文壇が語られた。その一年に注目すべき作品を生んだ作家たち、明日に属望される新人も、作・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ ことしの三ガ日も例年どおり日本髪が多うございました。お正月の日本髪は吉例のようですが、ことしは、同じ日本髪でも、満艦飾ぶりが目だちました。日本服の晴着でも、いくらか度はずれの大盛装が少くなかったようです。あの混む省線で、押しあい、・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 全国工場災害率をみると、例年の最高は機械器具であって、十一年八月を一〇〇とすると、十四年一四五と災害が飛躍していて、このことは、尨大な数の不熟練工とその中に加わった娘たちの災難とを語っているのだと思う。しかも、怪我したりする年齢がこれ・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・ 森がだんだん開けて来る頃から、そろそろ冬籠りの季節になって来て、雪などに降りこめられた禰宜様宮田が町から請負って来た粗末な笊だの蚕籠だのを編んだりするようになると、例年の通り町から、紡績工女募集の勧誘員が、部落の家々を戸別に訪問しはじ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫