・・・ 震源の所在を知りたがる世人は、おそらく自分の宅に侵入した盗人を捕えたがると同様な心理状態にあるものと想像される。しかし第一に震源なるものがそれほど明確な単独性をもった個体と考えてよいか悪いかさえも疑いがある、のみならず、たとえいわゆる・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・平和――であるかどうか、それはわからぬが、ともかくも人間の目から見ては単調らしい虫の世界へ、思いがけもない恐ろしい暴力の悪魔が侵入して、非常な目にも止まらぬ速度で、空をおおう森をなぎ立てるのである。はげしい恐慌に襲われた彼らは自分の身長の何・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・が、上京してしまった一ばん大きな原因は「ボル」が侵入してきたからであった。 ――裂けめだ。何かしら大きな裂けめだ。 ボルの理論は、まだしっかりつかめぬながら、小野から日ごとに離れてゆく自分を、三吉は感じている。しかもその大きな裂けめ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・蘆荻と松の並木との間には海水が深く侵入していると見えて、漁船の帆が蘆の彼方に動いて行く。かくの如き好景は三、四十年前までは、浅草橋場の岸あたりでも常に能く眺められたものであろう。 わたくしは或日蔵書を整理しながら、露伴先生の『言』中に収・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・教師はその学問の専門家であるがため、専門以外の部門に無識にして無頓着なるがため、自己研究の題目と他人教授の課業との権衡を見るの明なきがため、往々わが範囲以外に飛び超えて、わが学問の有効を、他の領域内に侵入してまでも主張しようとする事がある。・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ と叫びながら、可憫そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水のように侵入して来た。「支那ペケ、それ、逃げろ、逃げろ、よろしい。」 こうして平壌は占領され、原田重吉は金鵄勲章をもらったのである。下 ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 在昔、欧羅巴の白人が亜米利加に侵入してその土人を逐い、英人が印度地方大洋諸島に往来して暴行をたくましゅうしたるもその一例なり。今日西洋において仏国盛なり英国富むというといえども、その富のよってきたるところは何処にあるや。竜動に巍々たる・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・後年、鴨、鳩、鶏がかなり大仕掛けに飼養された前後にも、猫と犬とは、私共の家庭に、一種の侵入者としての関係しか持たなかった。 私は、猫の美と性格のある面白さを認めはするが、好きになれない。子供のうちからこれは変らない傾向の一つである。・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ しかし戦争にならなければそちらへ行けるでしょうと約束した月曜には、独軍が宣戦の布告もせずに武力に訴えながらベルギーを通過してフランスに侵入した。 パリの母は再び娘たちに書いた。「お互いにしばらくは、通信もできないかも知れません・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・第一騎兵隊はチェッコ・スロヴァキアの侵入軍をめちゃめちゃにした。――ソヴェトの地図は、第一騎兵隊の偉業をぬきに説明することは出来ない。その光栄ある第一騎兵隊は誰が、どのようにして組織したものだろうか? ペトログラード士官学校の急進的卒業生に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫