・・・村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽がつまって声が出ない。民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫でたり襟を撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとし・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・騒がれたのに気を良くして、次々とオリジナル・シナリオを書いたのをはじめ、芝居の脚本も頼まれれば書いて自分で演出し、ラジオの放送劇も二つ三つ書きだしているうちに、その方でのベテランになってしまい、戦争中便乗したわけでもなく、また俗受けをねらう・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・などと、戦争がすんだら急に、東条の悪口を言い、戦争責任云々と騒ぎまわるような新型の便乗主義を発揮するつもりはない。いまではもう、社会主義さえ、サロン思想に堕落している。私はこの時流にもまたついて行けない。 私は戦争中に、東条に呆れ、ヒト・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ても、私には一向にその人たちを信用する気が起らず、自由党、進歩党は相変らずの古くさい人たちばかりのようでまるで問題にならず、また社会党、共産党は、いやに調子づいてはしゃいでいるけれども、これはまた敗戦便乗とでもいうのでしょうか、無条件降伏の・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・であったという伝説に便乗して、以て吾が身の侘びしさをごまかしている様子のようにも思われる。「孤高」と自らを号しているものには注意をしなければならぬ。第一、それは、キザである。ほとんど例外なく、「見破られかけたタルチュフ」である。どだ・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・の花形と、ご当人は、まさか、そう思ってもいないだろうが、世の馬鹿者が、それを昔の戦陣訓の作者みたいに迎えているらしい気配に、「便乗」している者たちである。また、もう一つ、私のどうしても嫌いなのは、古いものを古いままに肯定している者たちである・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・この辺は所謂便乗線とかいうものなのか、電燈はつく。鶴の机の上には、コップに投げいれられた銭菊が、少し花弁が黒ずんでしなびたまま、主人の帰りを待っていた。 黙って蒲団をひいて、電燈を消して、寝た、が、すぐまた起きて、電燈をつけて、寝て、片・・・ 太宰治 「犯人」
・・・私はいささかでも便乗みたいな事は、てれくさくて、とても、ダメなのです。 宿命と言い、縁と言い、こんな言葉を使うと、またあのヒステリックな科学派、または「必然組」が、とがめ立てするでしょうが、もうこんどは私もおびえない事にしています。私は・・・ 太宰治 「返事」
・・・正面から軍国主義の復活や侵略的な民族主義をたきつけることは出来ないから、民主主義者が提唱する人民的な民族主義に便乗して「日本を再建するために」云々と、民族自立の問題・主権在民の問題も――即ちポツダム宣言と新憲法の実質を左からぐるりと右へひと・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・この正道さは、今日の現実の中で、いいかげんな民主主義便乗者よりも正義をもつものである。そのひねくれの存在権は、世代的なものとして主張されているのである。 これらは、すべて非常に心理的である。それらが心理的であるということに問題を生じるの・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
出典:青空文庫