・・・た我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、親戚父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児の、他に繋累とてはあらざれども、児として幼少より・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・人間は誰とて無事をこいねがうの念の無いものは無い筈であるが、身に多くの係累者を持った者、殊に手足まといの幼少者などある身には、更に痛切に無事を願うの念が強いのである。 一朝禍を蹈むの場合にあたって、係累の多い者ほど、惨害はその惨の甚しい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・田も、畠も、金も、係累もなくなってしまった。すきなところへとんで行けた。すきな事をやることが出来た。 トシエの親爺の伊三郎の所有地は、蓬や、秣草や、苫茅が生い茂って、誰れもかえり見る者もなかった。 僕と虹吉は、親爺が眠っている傍に持・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ただ上べだけを見て、それは喜助には身に係累がないのに、こっちにはあるからだと言ってしまえばそれまでである。しかしそれはうそである。よしや自分が一人者であったとしても、どうも喜助のような心持ちにはなられそうにない。この根底はもっと深いところに・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫