・・・前夜の酒宴、深更に及びて、今朝の眠り、八時を過ぎ、床の内より子供を呼び起こして学校に行くを促すも、子供はその深切に感ずることなかるべし。妓楼酒店の帰りにいささかの土産を携えて子供を悦ばしめんとするも、子供はその至情に感ずるよりも、かえって土・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・こそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をしておよそ人心の働を知り、その運動の様を了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささか足ら・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ただこの時代が文学美術全般の勃興を成したるは文運の隆盛を促すべき大勢に駆られたるものにして、その大勢なるものはかえって各種の文学美術が相互に影響したる結果も多かりけん。 蕪村の交わりし俳人は太祇、蓼太、暁台らにしてそのうち暁台は蕪村に擬・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 文学の問題としてみるとき、新聞小説の通俗性の側から云々されるよりも、寧ろ、作家の本来的な内面生活からいかに思想、判断の慾望が衰頽して来ているかということが私たちの深い自省を促す点であると思う。〔一九三九年十一月〕・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・ヒューマニズムの提唱が、その意識的、或は論者の社会的所属によって生じている矛盾の無意識な反映として内包していた誤れる抽象性によって、或る意味で文化の分裂を早める力となったことは、実に再三、再四の反省を促す点であろうと思われる。 文化一般・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・第一は、只さえも保守的な退嬰主義に堕し易い女性一般の傾向を暗々裡に称揚する事になると同時に、他方では、一層反動的、爆発的の急進を促す事になるからでございます。其で、私は此から、私の出来る丈の細密な思考を廻らして、私の出来る丈公平な、出来る丈・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・更に二世紀というものは、自由意志の第一段の必然帰結たる信仰の自由の発達を促すために費された。我々の世紀はその第二段の必然帰結たる国民権を築こうと試みているのである。」「一八四〇年のフランスとは如何なる国であろうか。」「われわれにとっ・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・ 重吉は、いくらか促すように、「――今、みんなの経歴をあつめているんだ」と云った。「――仕事、どういう風になるのかしら。それが分らなくて」 ひろ子が短い啓蒙的なものをかくたびに、重吉は、仕事を整理しろ、と云っていた。そん・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・をしつつ、その反抗を系統づけ、方向を決めるプロレタリアの力が情勢として育っていないために危くも虚無的な、社会の破壊力の裡へ堕落しそうになった一箇の才能のもがきは、私達に最も厳粛な同情と真面目な省察とを促すのである。 今や、ゴーリキイ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ そして起ちそうにして起たずに、頻りに富田を促すのである。「さあ。君も行こうじゃないか。もう分かっているよ。分かっているよ。」 戸川はとうとう引き摩るようにして富田を連れ出した。 富田は少しよろけながら玄関へ出て、大声にどなって・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫