・・・著作的事業としては、失敗に終りましたけれども、その時確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。私はその引続きとして、今日なお生きていられるような心持がします。実はこうした高い壇の上に立っ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・そこからは、死生を賭する如き真摯なる信念は出て来ないであろう。実在は我々の自己の存在を離れたものではない。然らばといって、たといそれが意識一般といっても主観の綜合統一によって成立すると考えられる世界は、何処までも自己によって考えられた世界、・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・といえる尊き信念の面影をも窺うを得て、無限の新生命に接することができる。 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・彼の心の中にどっしりと腰を下して、彼に明確な針路を示したものは、社会主義の理論と、信念とであった。「ああ、行きゃしないよ。坊やと一緒に行くんだからね。些も心配する事なんかないよ。ね、だから寝ん寝するの、いい子だからね」「吉田君、・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・が、単に疑うだけで、決してその心持にゃなれぬと断定するまでの信念を持っている訳でもない。雖然どう考えても、例えば此間盗賊に白刃を持て追掛けられて怖かったと云う時にゃ、其人は真実に怖くはないのだ。怖いのは真実に追掛けられている最中なので、追想・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ひとを死なせてもよいと云う信念の崇高さ、厳さも知った。 自分とAとのことも、或底力を得た。とにかく、行く処迄、真心を以て行かせよう。彼が死ぬことになるか、自分がどうかなるか、どちらでもよい。信仰を持ち、人生のおろそかでないことを知ってや・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・おびただしいそういう連中の形作る底のひろい三角形の頂点の部分、「情熱と信念」とをもって今日動いている一部の指導的な連中と、大衆を指導すべき真面目な一部の文学者である自分たちとが結合すべしというのである。 こういう「大人」がこの社会につい・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・女のような声ではあったが、それに強い信念が籠っていたので、一座のものの胸を、暗黒な前途を照らす光明のように照らした。 「どりゃ。おっ母さんに言うて、女子たちに暇乞いをさしょうか」こう言って権兵衛が席を起った。 従四位下侍従兼肥後・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・自己の価値と運命とについての信念、情熱、不安。個性の最上位を信じながら社会的勢力との妥協を全然捨離し得ない苦悶。愛の心と個性を重んずる心との争い。個性と愛とを大きくするための主我欲との苦闘。主我欲を征服し得ないために日々に起こる醜い煩い。主・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・その意味でここには一人の画家の、画によって直接には現わされ得ないさまざまの優れた感情、信念、洞察などが伺われる。それは人としての岸田君の切実な内生を示すものである。が、同時にまた我々はこれを、製作家の書いた美学上の論文として、すなわち「製作・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫