・・・ 我ら十七名の会員は心霊協会会長ペック氏とともに九月十七日午前十時三十分、我らのもっとも信頼するメディアム、ホップ夫人を同伴し、該ステュディオの一室に参集せり。ホップ夫人は該ステュディオにはいるや、すでに心霊的空気を感じ、全身に痙攣を催・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・それとも、やはり君は生きている人間より、紙に書いた文字の方を信頼しますか。」「さあ――生きていると云っても、私が見たのでなければ、信じられません。」「見たのでなければ?」 老紳士は傲然とした調子で、本間さんの語を繰返した。そうし・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・自分の本質のために父が甘んじて衣食を給してくれているとの信頼が、三十にも手のとどく自分としては虫のよすぎることだったのだと省みられた。 おそらく彼のその心の動きが父に鋭く響いたのだろう、父は今までの怒りに似げなく、自分にも思いがけないよ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・いやしくも父兄が信頼して、子弟の教育を委ねる学校の分として、婦、小児や、茱萸ぐらいの事で、臨時休業は沙汰の限りだ。 私一人の間抜で済まん。 第一そような迷信は、任として、私等が破って棄ててやらなけりゃならんのだろう。そうかッてな、も・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・その上に重厚沈毅な風に加えて、双眉の間に深い縦の皺を刻みつつ緊と結んだ口から考え考えポツリポツリと重苦しく語る応対ぶりは一見信頼するに足る人物と思わせずには置かなかった。かつ対談数刻に渉ってもかつて倦色を示した事がなく、如何なる人に対しても・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その青年鑑賞の目は信頼するに足るであろうか。反対に青年たちの娘たちへのそれはどうであろうか。ある青年がどんな娘を好むかはその青年の人生への要求をはかる恰好の尺度である。美しくて、常識があって、利口に立ち働けそうな娘を好むならその青年の人物は・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それが母子の愛を深め、感謝と信頼との原因となるのはいうまでもない。愛してはくれるが、働いてくれるには及ばなかった富裕な家の母と、自分の養、教育のために犠牲的に働いてくれた母とでは、子どもの感情は大変な相異であろう。労働と犠牲とは母性愛を神聖・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・甲のすべっこい、てら/\光っている手は信頼できない性格の表象だ。どっかの本で見た記憶が彼を脅迫した。三時半を過ぎると、看護卒が卑屈な笑い方をして、靴音を忍ばし、裏門の方へ歩いて行った。五十銭持って、マルーシャのところへ遊びに行ったのだ。不安・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・交通の便利は未だ十分ならず、商業機関の発達も猶幼稚であった時に際して、信頼すべき倉庫が、殆んど唯一の此の大商業地に必要で有ったろうことは云うまでも無い。納屋貸衆は多くの信ぜらるる納屋を有していて之を貸し、或は其在庫品に対して何等かの商業上の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・されど、これはただその親愛し、尊敬し、もしくは信頼していた人をうしなった生存者にとって、いたましく、かなしいだけである。三魂・六魂一空に帰し、感覚も記憶もただちに消滅しさるべき死者その人にとっては、なんのいたみもかなしみも、あるべきはずはな・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫