・・・時に、重々として、厚さを加え、やがては、奇怪な山嶽のように雄偉な姿を大空に擡げて、下界を俯瞰する。しからざれば陰惨な光景を呈して灰白色となり、暗黒色となり、雷鳴を起し、電光を発し、風を呼び、雨をみなぎらせるのであるが、そのはじめに於て、千変・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・紺碧のナポリの湾から山腹を逆様に撫で上げる風は小豆大の砂粒を交えてわれわれの頬に吹き付けたが、ともかくも火口を俯瞰するところまでは登る事が出来た。下り坂の茶店で休んだときにそこのお神さんが色々の火山噴出物の標本やラヴァやカメーの細工物などを・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・ カメラは高い高い左手の上からその光景を俯瞰している。近い屋根屋根の波の面白さ、それから段々と低くなって並木通へ視線が導かれ、そこに在る点景の白い婦人の姿を中心として一層ひろい海面へのびてゆくリズムは実に変化と諧調に富んでいて、眺めてい・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ 今籠町の黄檗宗崇福寺へ行って、唐門前の石欄から始めて夕暮の市を俯瞰した時、その心理的効果がはっきり感じられて面白かった。 崇福寺は由緒も深く、建築も特別保護建造物になって居るが、私共の趣味ではよさを直感されなかった。京都の黄檗山万・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・けれども、私共に最も感銘を与えたのは、大観門前に佇んで、低い胸欄越しに、模糊とした長崎市を俯瞰した時の心持だ。左手に、高くすっきり櫓形に石をたたみ上げた慈海燈を前景とし、雨空の下にぼんやり遠く教会堂の尖塔が望まれる。櫛比した人家の屋根の波を・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫