・・・ロックフェラアに金を借りることは一再ならず空想している。しかし粟野さんに金を借りることはまだ夢にも見た覚えはない。のみならず咄嗟に思い出したのは今朝滔々と粟野さんに売文の悲劇を弁じたことである。彼はまっ赤になったまま、しどろもどろに言い訣を・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・その上万一手に余れば、世の中の加勢も借りることが出来る。このくらい強いものはありますまい。またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの餌食になった男の屍骸をまき散らしています。わたしはまず何よりも先へ、あなたがたの爪にかから・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・そして事務所では金の借貸は一切しないから縁者になる川森からでも借りるがいいし、今夜は何しろ其所に行って泊めてもらえと注意した。仁右衛門はもう向腹を立ててしまっていた。黙りこくって出て行こうとすると、そこに居合わせた男が一緒に行ってやるから待・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 栗柿を剥く、庖丁、小刀、そんなものを借りるのに手間ひまはかからない。 大剪刀が、あたかも蝙蝠の骨のように飛んでいた。 取って構えて、ちと勝手は悪い。が、縄目は見る目に忍びないから、衣を掛けたこのまま、留南奇を燻く、絵で見た伏籠・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
一 僕は一夏を国府津の海岸に送ることになった。友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその住持・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・かりに、これを借りることも、規律正しく使用するに於ては、ために一木一草を損うことなくすむであろう。 かゝる正義の行使は、今日の社会として、当然持たなければならぬ権利である。なぜならば、児童等は、両親のものなると共に、また社会のものである・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ 修飾や誇張は、その人の思想感情が真に潤沢になり豊富になり、熱情を帯びるに至った際に初めて借りるべき一手法である。何等内部的の努力なしに、文章上の彫琢をことゝするのは悪戯であるといってよい。 そこで、余はそういう人々に向って、次のよ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・金を借りるんだ」「家でも買う金が足りないのか」「からかっちゃ困るよ。闇屋に二千円借りたんだが、その金がないんだ」「二千円ぐらいの金がない君でもなかろう。世間じゃ君が十万円ためたと言ってるぜ」「へえ? 本当か?」 びっくり・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・が、どこへ行こうとするのか、妻子を探す当てもなく、また、今夜の宿を借りる当てもない。 当てもないままに、赤井はひょこひょことさまようていたが、やがて耳の千切れるような寒さにたまりかねたのか、わずかの温みを求めて、足は自然に難波駅の地下鉄・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ そんなにくどくどと勿体をつけられて借りると、私は飛ぶようにして家へかえり、天辰の主人がどうしてこれを手に入れたのか、案外道楽気のある男だと思いながら、読み出した。謄写刷りの読みにくい字で、誤字も多かったが、八十頁余りのその記録をその夜・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫