・・・ 私はむかむかッとして来た、筆蹟くらいで、人間の値打ちがわかってたまるものか、近頃の女はなぜこんな風に、なにかと言えば教養だとか、筆蹟だとか、知性だとか、月並みな符号を使って人を批評したがるのかと、うんざりした。「奥さんは字がお上手・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 本当らしく、空想で、でっち上げたところで、そんなものには三文の値打ちも有りゃしない。 で、以下は、労働祭のことではない。五月一日に農村であったことである。 香川県は、全国で最も弾圧のひどい土地だ。第一回の普選に大山さんが立・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・けれども、とりかかるまえに、これは何故に今さららしくとりかかる値打ちがあるのか、それを四方八方から眺めて、まあ、まあ、ことごとしくとりかかるにも及ぶまいということに落ちついて、結局、何もしない」「それほどの心情をお持ちになりながら、なん・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・はこの木はどう見ても、三四十円ほか値打ちがないと云い張った。 この木の肌を見ろの、枝の差しぶりを見ろのと立派な理屈――「栄蔵は木なりを見る目が利かない男だ」をならべたてて、私が出来るだけ出して五十円だと云い切った。「それに何です・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・軍事予算というものを、無法にどんどん出しましたから、それで、お金の値打ちが下って、物と金の釣合いがとれなくなって、物価は二十五倍に騰った。物価が騰ったから月給もあがったといって二十五倍になった月給を貰った人は一人もない。そのようにして、今度・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・例え乞食をしようとも人生の値打ちを見損いはしなかった祖母の影響を無視することは不可能である。この祖母は、八つか九つでボロ拾いをしているゴーリキイに、或る晩持ち前の魅するような話しぶりで云った。「お前にはまだ分らないがな、結婚というものが・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・母はそういう逆もどりをする他の面に、実に高く値打ちづけらるべき根気よさや、努力性や聰明をもっていたのですから。 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・彼は今生きることの苦しさに圧倒せられて自分のようなものは生きる値打ちもないとさえ思っている。しかしそれは彼の根が一つの地殻に突き当たってそれを突破する努力に悩んでいるからである。やがてその突破が実現せられた時に、どのような飛躍が彼の上に起こ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫