・・・総ての公平な判断や真実の批評は常に民族的因襲や国民的偏見に累わされない外国人から聞かされる。就中、芸術の真価が外国人の批評で確定される場合の多いは啻に日本の錦絵ばかりではないのだ。 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・私は公平無偏見なる坪内君であるが故に少しも憚からずに直言する。 けれども『書生気質』や『妹と背鏡』に堂々と署名した「文学士春の屋おぼろ」の名がドレほど世の中に対して威力があったか知れぬ。当時の文学士は今の文学博士よりは十層倍の権威があっ・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ 若し、現時の我が文壇多くの芸術家が、人道を尊重し、愛を説き、正義に味方することを信念として、尚お、其の実、個人主義的態度を持続するならば、そして、強いて社会主義的精神を曲解し、其の種の運動に対して偏見を有するならば、ヒューズが平和のため・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・という定説が権威を持っている文壇の偏見は私を毒し、それに、翻訳の文章を読んだだけでは日本文による小説の書き方が判らぬから、当時絶讃を博していた身辺小説、心境小説、私小説の類を読んで、こういう小説、こういう文章、こういう態度が最高のものかとい・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・彼の犀利な眼にはおそらく人間のあらゆる偏見や痴愚が眼につき過ぎて困るだろうという事は想像するに難くない。稀に彼の口から洩れる辛辣な諧謔は明らかにそれを語るものである。弱点を見破る眼力はニーチェと同じ程度かもしれない。しかしニーチェを評してギ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるで・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ それで、この方法を真に有効ならしむるには、むしろあらゆる独断、偏見、臆説をも初めから排する事なく、なるべくちがったものをことごとくひとまず取り入れて、すべての可能性を一つ一つ吟味しなければならない。軽々しい否定は早急な肯定よりもはるか・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・物をそのままに見て、そして偏見なしに描こうとする近代の試みの好適例であるうんぬん。」壁に布切れやしわくちゃの紙片をだらしなく貼りつけたのをバックにして、平凡な牛乳びんに二本のポインセチアが無雑作に突きさしてあるだけである。全体の感じはなるほ・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・そういう芽を、狭い偏見で押しつぶさないことが大切である。そういうものがいよいよ芽を出し始めた時に、新聞で書き立てたり講演に引っぱり出したりしないことが肝要である。 十六 自分の周囲のものは大きく見えて、遠いも・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫