・・・その一群の花弁は、のろくなったり、早くなったり、けれども停滞せず、狡猾に身軽くするする流れてゆく。万助橋を過ぎ、もう、ここは井の頭公園の裏である。私は、なおも流れに沿うて、一心不乱に歩きつづける。この辺で、むかし松本訓導という優しい先生が、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ スコラ学派時代に科学の進歩が長い間全く停滞したのは、全くこの旋毛曲りが出なかったために外ならない。レネサンスはすなわち偉大な旋毛曲りの輩出した時代である。ガリレーはその執拗な旋毛曲りのために縄目の苦しみを受けなければならなかった。ニュ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・古人はいうた、いかなる真理にも停滞するな、停滞すれば墓となると。人生は解脱の連続である。いかに愛着するところのものでも脱ぎ棄てねばならぬ時がある、それは形式残って生命去った時である。「死にし者は死にし者に葬らせ」墓は常に後にしなければならぬ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案内を乞うがごとく、蛇の脱殻を見て捕えんとする者のごとし。いたずらに自から愚を表して他の嘲を買うに過ぎず。すべて今の士族はその身分を落し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・水の低きに就くがごとく停滞するところなし。恨むらくは彼は一篇の文章だも純粋の美文として見るべきものを作らざりき。 蕪村の俳句は今に残りしもの一千四百余首あり、千首の俳句を残したる俳人は四、五人を出でざるべし。蕪村は比較的多作の方なり。し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ パリの文化擁護の大会ニュースは、混迷停滞しきっていた当時の日本の文化人、文学者に、新しいヒューマニズムの希望を与えた。新しいヒューマニズム、その能動精神、その行動性という観念がよろこび迎えられて、間もなく雑誌『行動』がうまれ、舟橋聖一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・の真意は、勝利者が上から敗北者にあびせかけた笑いであるというよりは、現実社会の腐敗や停滞、偽瞞を裏まで見とおしている社会生活への鋭い洞察者が、その明るくてかげのない実践的な生活態度と遠大な見とおしに立って、周囲の虚偽卑劣を描きつつ、おのずか・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・ちっとも停滞しないで、よごれてしまわないで。思想さえも感覚として訴えて来るのが青春です。けれども、いまの日本が、若い知性として小器用さばかりかきたてる社会しかもっていないことについて、あなたがたはどんな抗議をおもちですか。真白なきれいな小さ・・・ 宮本百合子 「光線のように」
・・・そしてラジオの民主化が、意識的に停滞させられているうちに、さる六月逓信省は放送事業法案を国会に上程した。 この法案は日本のラジオの自由と健全な発展を期するために立案されたものであるとして公表された。しかし一般にこの法案が日本のラジオの民・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
いたるところで、現代文学の停滞が意識され、語られている。 この問題が「小説の運命」という風な題目によってとりあげられはじめたのは、きのう、きょうのことではなかった。二三年前からのことでもない。さかのぼれば、一九一七、八・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
出典:青空文庫