・・・貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋を造ったり、大人のように働きながら、健気にも独学をつづけて行ったらしい。これはあらゆる立志譚のように――と云うのはあらゆる通俗小説のように、感激を与え易い物語である。実際又十五歳に足ら・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・何という有難い志でしょう。何という健気な決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬の頸を抱いて、はらはらと涙を落しながら、「お母さん」と一声を叫びました。………… 六 その・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・今こそ自分は先生を――先生の健気な人格を始めて髣髴し得たような心もちがする。もし生れながらの教育家と云うものがあるとしたら、先生は実にそれであろう。先生にとって英語を教えると云う事は、空気を呼吸すると云う事と共に、寸刻といえども止める事は出・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・この十八歳の娘さんのいじらしいばかりに健気な気持については、註釈めいたものは要らぬだろう。ひとはしばらく眼をつぶって、この娘さんの可憐な顔を想像してくれるがよい。 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・こういう老婆を見ると、いかにも弱々しく見える一方では、また永い間世の中のあらゆる辛苦に錬え上げられて、自分などがとても脚下にもよりつかれないほど強い健気なところがあるように思われて来る。そしてそれが気の毒なというよりはむしろ羨ましいような気・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・からだ全体で拍子をとるようにして小枝をゆさぶりながらせっせと働いているところは見るも勇ましい健気なものであった。渋色をした小さな身体が精悍の気ではち切れそうに見えた。二、三分もすると急に飛び上がって一文字に投げるように隣家の屋根をすれすれに・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・「次男ラヴェンは健気に見ゆる若者にてあるを、アーサー王の催にかかる晴の仕合に参り合わせずば、騎士の身の口惜しかるべし。ただ君が栗毛の蹄のあとに倶し連れよ。翌日を急げと彼に申し聞かせんほどに」 ランスロットは何の思案もなく「心得たり」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・にや笑って行くものがある、向うの樫の木の下に乳母さんが小供をつれてロハ台に腰をかけてさっきからしきりに感服して見ている、何を感服しているのか分らない、おおかた流汗淋漓大童となって自転車と奮闘しつつある健気な様子に見とれているのだろう、天涯こ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・職場で働いているが、こういう人々はもっと自分の技術を高めて、ソヴェト同盟が最も必要としている技師になり、皆の役に立とうと、若がえって健気な勉強をやっているのである。 わたしは、工場を見ているうちに一歩一歩と、水浴びでもした後のようにいき・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・行けない学生は何のために学校にゆけないかを考えてみれば、職場の人のおかれている衣食住の困難、そこからおこる人間性の歪み、それと闘ってゆく人間らしい健気さでは、学生も職場の人もまったく同じ条件のうえにおかれている。そしてそこには男と女の勤労者・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫