・・・ ――――――――――――――――――――――――― 十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・じゃあの婆の家へは行かないでも、近所まで偵察に行って見ようか。」と、思い切ったらしく云うのです。新蔵も実は悠長にこうして坐りこんでいるのが、気が気でなかった所ですから、勿論いやと言う筈はありません。そこですぐに相談が纏って、ものの五分と経た・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・それは偵察隊だった。前哨線へ出かけて行くのだ。浜田も、大西も、その中にまじっていた。彼等は、本隊から約一里前方へ出て行くのである。 樹木は、そこ、ここにポツリ/\とたまにしか見られなかった。山もなかった。緩慢な丘陵や、沼地や、高粱の切株・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・彼は、愛国心に満ちた士官の持つ、それと同じ心臓で、運送船で敵地に送られた陸兵の上陸や、大連湾の攻撃や、威海衛の偵察、旅順攻撃、戦争中の軍艦に於ける生活、威海衛の大攻撃等を見、聞き、感じて、それを報告している。しかも、一新聞記者の無味乾燥な報・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・君は、僕の家のぐるりをも、細密に偵察した。お隣りの、あのよく吠える犬が、今夜に限って、ちっとも吠えないところを見れば、君は、ゆうべ、あの犬に毒饅頭を食わせてやったにちがいない。むごいことをする奴だ。僕は、ゆうべ、塀の上から覗きこんでいる君の・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・「和ちゃん、偵察しに来たのね。」「いやいや、さにあらず。」末弟は顔を真赤にして、いよいよへどもどした。「知っていますよ。私が、うまく続けたかどうか心配だったんでしょう?」「実は、そうなんだよ。」末弟は小声であっさり白状した。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・若い女どうしは近よりながら、互いに用心深くお互いを偵察し合いながら行き違う。そうして何かしら小さな観察をし小さな発見をすることによってめいめいの小さなかわいいプライドを満足させているように思われる。 雲取池のみぎわのベンチに、五十格好の・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・と云い合って居ると、男の子がいつの間にか偵察をして来て、「孝ちゃんの家が又来た。と報告した。「孝ちゃんの家が? まあそうなの、又来たの。 じゃああの小っちゃな女の子も居るの、 いやな顔をした親父さ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 彼女は自分を来るべき女性の時代に先立つ一人の偵察者、冒険者としたのです。 数年は、又順調に過ぎました。 ところが長男のハフが十六七歳になると、続いて、悲しむべき事件が起り始めました。 ハフは、三度も落第して、父親の卒業した・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・横目が偵察に出て来た。山崎の屋敷では門を厳重に鎖して静まりかえっていた。市太夫や五太夫の宅は空屋になっていた。 討手の手配りが定められた。表門は側者頭竹内数馬長政が指揮役をして、それに小頭添島九兵衛、同じく野村庄兵衛がしたがっている。数・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫