・・・観音、釈迦八幡、天神、――あなたがたの崇めるのは皆木や石の偶像です。まことの神、まことの天主はただ一人しか居られません。お子さんを殺すのも助けるのもデウスの御思召し一つです。偶像の知ることではありません。もしお子さんが大事ならば、偶像に祈る・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ヴェルレエン、ラムボオ、ヴオドレエル、――それ等の詩人は当時の僕には偶像以上の偶像だった。が、彼にはハッシッシュや鴉片の製造者にほかならなかった。 僕等の議論は今になって見ると、ほとんど議論にはならないものだった。しかし僕等は本気になっ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ 矜誇 我我の最も誇りたいのは我我の持っていないものだけである。実例。――Tは独逸語に堪能だった。が、彼の机上にあるのはいつも英語の本ばかりだった。 偶像 何びとも偶像を破壊することに異存を持っている・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・今日に至るまで、これらの幼稚なる偶像破壊者の手を免がれて、記憶すべき日本の騎士時代を後世に伝えんとする天主閣の数は、わずかに十指を屈するのほかに出ない。自分はその一つにこの千鳥城の天主閣を数えうることを、松江の人々のために心から祝したいと思・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・そうしてその思想が魔語のごとく当時の青年を動かしたにもかかわらず、彼が未来の一設計者たるニイチェから分れて、その迷信の偶像を日蓮という過去の人間に発見した時、「未来の権利」たる青年の心は、彼の永眠を待つまでもなく、早くすでに彼を離れ始めたの・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・詩を尊貴なものとするのは一種の偶像崇拝である。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 詩はいわゆる詩であってはいけない。人間の感情生活の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。したがって断片的でなければならぬ。――まと・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・瑜瑕並び覆わざる赤裸々の沼南のありのままを正直に語るのは、沼南を唐偏木のピューリタンとして偶像扱いするよりも苔下の沼南は微笑を含んでかえって満足するであろう。 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・文人が文章に気を揉むのは当然のようであるが、今日の偶像破壊時代の文人は過去の一切の文章型を無視して、同じ苦むにしてもこれまでの文章論や美辞法からは全く離れて自由であるべきはずである。極端にいえば、思想さえ思う存分に発現する事が出来るなら方式・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そして終に、肉体と精神とを挙げて犠牲にするだけの偶像を何物にも見出し得ざる悲しみを感ぜずには居られないのである。 そして其処には只だ一つ宗教というものがあって、其所へ逃げて行く事は出来るけれども、又一面より見れば此の宗教という者も、・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
出典:青空文庫