・・・きっと偽物だろう。どこから拾ってきたか。」「いいえ偽物でもなければ、拾ってきたのでもありません。これはほんとうの真珠や、さんごです。私を疑ってくださいますな。早く私に着物を売ってください。お爺さんは船に待っています。沖に止まっています船・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・「こうして、歩きなさって、薬が売れますかい。」と、じいさんは、ききました。「偽物が安く買われますので、なかなか売れません。薬ばかりは、病気になって飲んでみなければわからないので、すぐに本物とは思ってくれないのです。」「都にゆくと・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・「それではその新しい方の分も、全部贋物なんでしょうか」芳本も呆れ顔して口を出した。「さようのようです。雅邦さんの物も、これは弟子の人たちの描いたものでもないようですね。○○派の人たちの仕事でしょう。玉章さんの物なんか、ひところは私た・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・じつはね、この間町の病院の医者の紹介で、博物館に関係のあるという鑑定家の処へ崋山と木庵を送ってみたんだが、いずれも偽物のはなはだしきものだといって返して寄越したんです。僕ら素人眼にも、どうもこの崋山外史と書いた墨色が新しすぎるようですからね・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そればかりでなく、ほかの看護卒の、私物箱や、財布をも寝台の上に出させ、中に這入っている紙幣を偽物かどうか、透かしてたしかめた。 憲兵にとって、一枚の贋造紙幣が発見されたということは、なんにも自分の利害に関する問題ではなかった。発覚されな・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・もとより同人の同作、いつわり、贋物を現わすということでは無い。」と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁って、今更ながら世の清濁の上に思を馳せて感悟した。「有・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・全く偽物だ。しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨を足蹴にしたので罰が当って脚疾になり、その事遂に発覚するに至った読むさえ忌わしい談は雑書に見えている。発掘さるるを厭って曹操・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・自分なぞも資産家でさえあればきっとすばらしい贋物や贋筆を買込で大ニコニコであるに疑いない。骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十・・・ 幸田露伴 「骨董」
九月のはじめ、甲府からこの三鷹へ引越し、四日目の昼ごろ、百姓風俗の変な女が来て、この近所の百姓ですと嘘をついて、むりやり薔薇を七本、押売りして、私は、贋物だということは、わかっていたが、私自身の卑屈な弱さから、断り切れず四・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りである。その態度、音声に、おろかな媚さえ感ぜられ、実に胸くそが悪かった。けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫