・・・はじめて小説は小説としての本質を具えるものであると説明しているのであるが、我々にとって興味ある事実は、この画期的意味をもった小冊子が当時の外国文学の潮流にのっとって著わされたに拘らず、バルザックの名には一字もふれられていないことである。・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・然し、これは、そうあったらよかったということに過ぎず、今日の激化した情勢のうちで誰がそのような十分の土台をつくり得た後、敵の襲撃に具えるということができよう。われらは、不意に、陰険に、不条理に短期間、あるいは長期間自由を奪われる。林は、二年・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・加藤家の討手に備えるために、鉄砲に玉をこめ、火縄に火をつけて持たせて退いた。それを三斎が豊前で千石に召し抱えた。この吉兵衛に五人の男子があった。長男はやはり吉兵衛と名のったが、のち剃髪して八隅見山といった。二男は七郎右衛門、三男は次郎太夫、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・万一の時に備えるたくわえがないと、少しでもたくわえがあったらと思う。たくわえがあっても、またそのたくわえがもっと多かったらと思う。かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで行って踏み止まることができるものやらわからない。それを今目・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫