・・・ 三 陣中の芝居 明治三十八年五月四日の午後、阿吉牛堡に駐っていた、第×軍司令部では、午前に招魂祭を行った後、余興の演芸会を催す事になった。会場は支那の村落に多い、野天の戯台を応用した、急拵の舞台の前に、天幕を張り渡・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・そこで、十五日に催す能狂言とか、登城の帰りに客に行くとか云う事は、見合せる事になったが、御奉公の一つと云う廉で、出仕だけは止めにならなかったらしい。 それが、翌日になると、また不吉な前兆が、加わった。――十五日には、いつも越中守自身、麻・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・監督も懐旧の情を催すらしく、人のいい微笑を口のはたに浮かべて、「ほんとにそうでした」 と気のなさそうな合槌を打っていた。 そのうちに夜はいいかげん更けてしまった。監督が膳を引いてしまうと、気まずい二人が残った。しかし父のほうは少・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 丁度三時と思わしい時に――産気がついてから十二時間目に――夕を催す光の中で、最後と思わしい激しい陣痛が起った。肉の眼で恐ろしい夢でも見るように、産婦はかっと瞼を開いて、あてどもなく一所を睨みながら、苦しげというより、恐ろしげに顔をゆが・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・六 然し現在のキリスト教なるものは、多くは世界の資本家の涙金から同盟を作り、大会を催す――換言すれば、経済的に資本主義者に寄食しているものだ。何処に彼のガラリヤの湖畔を彷徨したいわゆる乞食哲学者の面影があるか。それどころか英米の・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・ そのような庄之助の冷酷さを見ると、さすがの礼子も、寿子にふと同情の念を催すくらいであった。「しかし、寿子も寿子だ」 と、礼子はまた思った。今夜はもうこの位で勘弁してくれと、頼めばよさそうなものだのに、頑として蚊帳の外に頑張って・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・人の眠催す様なるこの水音を源叔父は聞くともなく聞きてさまざまの楽しきことのみ思いつづけ、悲しきこと、気がかりのこと、胸に浮かぶ時は櫓握る手に力入れて頭振りたり。物を追いやるようなり。 家には待つものあり、彼は炉の前に坐りて居眠りてやおら・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・そのおりおり憶い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。 二人の旅客 雪深き深山の人気とだえし路を旅客一人ゆきぬ。雪いよいよ深く、路ますます危うく、寒気堪え難くなりてついに倒れぬ。その時、また一人の旅・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・ ああ、書きながらも嘔吐を催す。人間も、こうなっては、既にだめである。浩然之気もへったくれもあったものでない。「月の夜、雪の朝、花のもとにても、心のどかに物語して盃出したる、よろずの興を添うるものなり。」などと言っている昔の人の典雅な心・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・同じような起重機の空中舞踊でもいつか見たロシア映画では頭痛とめまいを催すようなものになっていたようである。 ルネ・クレールでもデュヴィヴィエでも配役の選択が上手である。いくらはやりっ子のプレジアンでも、相手がいつも同じ相手役では、結局同・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫