・・・けれどもわたしの恋愛小説には少しもそう云う悪影響を普及する傾向はありません。おまけに結末は女主人公の幸福を讃美しているのです。 主筆 常談でしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。 保吉 そうですか? じゃど・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・殊に露柴は年かさでもあり、新傾向の俳人としては、夙に名を馳せた男だった。 我々は皆酔っていた。もっとも風中と保吉とは下戸、如丹は名代の酒豪だったから、三人はふだんと変らなかった。ただ露柴はどうかすると、足もとも少々あぶなかった。我々は露・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ ところが資本主義の経済生活は、漸次に種子をその土壌から切り放すような傾向を馴致した。マルクスがその「宣言」にいっているように、従来現存していたところの人々間の美しい精神的交渉は、漸次に廃棄されて、精神を除外した単なる物的交渉によってお・・・ 有島武郎 「想片」
・・・人間の思想はその一特色として飛躍的な傾向をもっている。事実の障礙を乗り越して或る要求を具体化しようとする。もし思想からこの特色を控除したら、おそらく思想の生命は半ば失われてしまうであろう。思想は事実を芸術化することである。歴史をその純粋な現・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・たとえば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引き抜いて見ないで全体として見るような傾向になって来た。そんなら何故それらを初めから一つとして現さないか。一一分解して現す必要が何処にあるか、とあれに書いてあったね。一応尤もに聞えるよ。しかしあ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 自己主張的傾向が、数年前我々がその新しき思索的生活を始めた当初からして、一方それと矛盾する科学的、運命論的、自己否定的傾向と結合していたことは事実である。そうしてこれはしばしば後者の一つの属性のごとく取扱われてきたにかかわらず、近来(・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・夏目さんには大勢の門下生もあることだが、しかし皆夏目さんの後を継ぐことはできない傾向の人ばかりのように思う。ただ一人此処に挙ぐれば、現在は中央文壇から遠ざかっているけれども、大谷繞石君がいるだけである。この人は夏目さんの最も好い後継者ではあ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・が、不思議に新らしい傾向を直覚する明敏な頭を持っていて、魯文門下の「江東みどり」から「正直正太夫」となると忽ち逍遥博士と交を訂し、続いて露伴、鴎外、万年、醒雪、臨風、嶺雲、洒竹、一葉、孤蝶、秋骨と、絶えず向上して若い新らしい知識に接触するに・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 多くの人心を魅してその中に惹き入れるところのものは、その主張なり傾向なりが深く現実に根ざしているからである。信念の在る処、信仰の存する処、悉くこれ現実に立脚していると言えよう。どんな破壊的な行為でも、またどんなに平凡に見える行為でも、・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・けれど、その個人的であると社会的であるとは、一にその人の素質にもより、傾向にもあることであって、これによって、直に人格について批評されないものもあるが、また一面から言えばその立場を明かにすることによってます/\その作家の素質と、作品の価値を・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
出典:青空文庫