・・・なお、働き者で、夜が明けるともうぱたぱたと働いていた。「ここは地獄の三丁目、行きはよいよい帰りは怖い」 と朝っぱらから唄うたが、間もなく軽部にその卑俗性を理由に禁止された。「浄瑠璃みたいな文学的要素がちょっともあれへん」 と・・・ 織田作之助 「雨」
・・・あの人の社には帝大出の人はほかに沢山いるわけではなし、また、あの人はひと一倍働き者で、遅刻も早引も欠席もしないで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに、賞与までひとより少ないとはどうしたことであろうと、私は不思議でならなかったが、・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・襷がけでこそこそ陳列棚の拭き掃除をしている柳吉の姿は見ようによっては、随分男らしくもなかったが、女たちはいずれも感心し、維康さんも慾が出るとなかなかの働き者だと思った。 開店の朝、向う鉢巻でもしたい気持で蝶子は店の間に坐っていた。午頃、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・五十近い働き者の女の直覚から、「やっぱしだめだ。まだまだこんな人相をしてるようでは金なぞ儲けれはせん。生活を立てているという盛りの男の顔つきではない。やっぱしよたよたと酒ばかし喰らっては、悪遊びばかししていたに違いない」腹ではこう思っている・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・男性の心情なぞはそう理解されなくとも可い、仕事の手伝いなぞはどうでも可い、と成って来た。働き者だとか、気性勝りだとか言われて、男と戦おうとばかりするような毅然した女よりも、反って涙脆い、柔軟な感じのする人の方が好ましい。快活であれば猶好い。・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・おかみさんも、仲々の働き者らしく、いつも帳場に坐って電話の注文を伺っては、てきぱき小僧さんたちに用事を言いつけて居ります。私とお友達だった芹川さんは、女学校を出て三年目に、もういい人を見つけてお嫁に行ってしまいました。いまは何でも朝鮮の京城・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ 四十男の働き者のブリーノフが続いて云い出した。「俺の好みがそうなのかも知れねえが、こういうことは二章で書けたと思うね、それをパンフョーロフは十章にしている。八章の間俺達あ歯くいしばって坐っていた。集団農場の生活を書いた小説だが、俺・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・後生願いの故か行儀は良い。働き者でもあるから祖母は好いて居る。 婆さんは家へ来ると井戸端ですっかり足を洗い、白髪を梳しつけてから敷居際にぴったりと座って、「ハイ、御隠居様、御寒うござりやす。御邪魔様でござりやす。と云う。・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫