・・・が、勇ましい大天使は勿論、吼り立った悪魔さえも、今夜は朧げな光の加減か、妙にふだんよりは優美に見えた。それはまた事によると、祭壇の前に捧げられた、水々しい薔薇や金雀花が、匂っているせいかも知れなかった。彼はその祭壇の後に、じっと頭を垂れたま・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらが悉く優美に眼にとまった。そうなると恐ろしいもので、物を云うにも思い切った言は云えなくなる・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 優美よりは快活、柔順よりは才発、家事よりは社交、手芸よりは学術というが女に対する渠の註文であった。この方針から在来の女大学的主義を排して高等学術を授け、外国語を重要課目として旁ら洋楽及び舞踏を教え、直轄女学校の学生には洋装せしめ、高等・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・の方が、音がどぎついように思われる。「どす黒い」とか「長どす道中」とか「どすんと尻餅ついた」とか、どぎつくて物騒で殺風景な聯想を伴うけれども、しかし、耳に聴けば、「だす」よりも「どす」の方が優美であることは、京都へ行った人なら、誰でも気づく・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・すべての眺望が高遠、壮大で、かつ優美である。 一同は寒気を防ぐために盛んに焼火をして猟師を待っているとしばらくしてなの字浦の方からたくましい猟犬が十頭ばかり現われてその後に引き続いて六人の猟師が異様な衣裳で登って来る、これこそほんとの山・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 彼女たちは自分たちよりつつましく、優美に造られているようである。粗暴と邪悪とを知らぬかのようだ。自分たちより脆くできてはいるが、品が高そうだ。そして何という美しい声を持ってることだろう。 彼の女たちはいうように見える。「立派な・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・最も柔和なる者の獅子吼である。最も優美なる者の烈々たる雄叫びである。そしてキリストも日蓮も実はかかる性格者の典型であった。 その内心に私を蔵する者は予言者たり得ない。そのたましいに「天」を宿さぬものは予言者たり得ない。予言者は天意の代弁・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・から生じた優美な感情の寓奇であって、鳩は八幡の「はた」から、鹿は春日の第一殿鹿島の神の神幸の時乗り玉いし「鹿」から、烏は熊野に八咫烏の縁で、猿は日吉山王の月行事の社猿田彦大神の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが、稲荷に狐は何の縁もな・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもって旅行するよう・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。いただきましょう。私は所詮、商人だ。いやしめられている金銭で、あの人に見事、復讐してやるのだ。これが私に、一ばんふさわしい復讐の手段だ。ざまあみろ! 銀三十で、あいつは売られる・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫