・・・彼はそう云う煙管を日常口にし得る彼自身の勢力が、他の諸侯に比して、優越な所以を悦んだのである。つまり、彼は、加州百万石が金無垢の煙管になって、どこへでも、持って行けるのが、得意だった――と云っても差支えない。 そう云う次第だから、斉広は・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。「わたしは白蓮女史ほど美人ではない。しかし白蓮女史よりも貞淑である。」「わたしは有島氏ほど才子ではない。しかし有島氏よりも世間を知っている。」「わたしは武者小路氏ほど・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・あるいは一歩進めて、鑑賞上における彼自身の優越を私に印象させようと思っていたのかも知れない。しかし彼の期待は二つとも無駄になった。彼の話を聞くと共に、ほとんど厳粛にも近い感情が私の全精神に云いようのない波動を与えたからである。私は悚然として・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・かかる優越的な頼みを持っていながら、僕ははたして内外ともに無産に等しい第四階級の多分の人々の感情にまではいりこむことができるだろうか。それを実感的にひしひしと誤りなく感ずることができるだろうか。そして私の思うところによれば、生命ある思想もし・・・ 有島武郎 「片信」
・・・佐々木に言わせれば、笹川の本能性ともいうべき「他の優越に対する反感性」が、佐々木の場合に特別に強く現われている言うのだ。――こうしたことを読んでいて、今の佐々木の挨拶を聞いては、他の人たちはあるいは私とは違った意味の微笑を心の中に浮べたかも・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・すなわち将来学士となるという優越条件を利用して、結婚を好餌として女性を誘惑することだ。これは人間として最も卑怯な、恥ずべき行為である。どんなことがあっても、これだけはやってはならない。これはもう品性の死である。こうした行為をする者が将来社会・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優るところの面白・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・俺は、君よりも優越している人間だし、君は君もいうように『ひかれ者の小唄』で生きているのだし、僕はもっと正しい欲求で生きている。君の文学とかいうものが、どんなに巧妙なものだか知らないが、タカが知れているではないか。君の文学は、猿面冠者のお道化・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 他のお客は、このあわれなる敗北者の退陣を目送し、ばかな優越感でぞくぞくして来るらしく、「ああ、きょうは食った。おやじ、もっと何か、おいしいものは無いか。たのむ、もう一皿。」と血迷った事まで口走る。酒を飲みに来たのか、ものを食べに来・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・自己優越を感じている者だけが、真の道化をやれるんだ。そんな事で憤慨して、制服をたたき売るなんて、意味ないよ。ヒステリズムだ。どうにも仕様がないものだから、川へ飛びこんで泳ぎまわったりして、センチメンタルみたいじゃないか。」「傍観者は、な・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫