・・・』と、急に元気よく答えますと、三浦も始めて微笑しながら、『外交よりか、じゃ僕は――そうさな、先ず愛よりは自信があるかも知れない。』私『すると君の細君以上の獲物がありそうだと云う事になるが。』三浦『そうしたらまた君に羨んで貰うから好いじゃない・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「元気のいい老人だったよ、どうも。酔うといつでも大肌ぬぎになって、すわったままひとり角力を取って見せたものだったが、どうした癖か、唇を締めておいて、ぷっぷっと唾を霧のように吹き出すのには閉口した」 そんなことをおおげさに言いだして父・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ ――今朝も、その慈愛の露を吸った勢で、謹三がここへ来たのは、金石の港に何某とて、器具商があって、それにも工賃の貸がある……懸を乞いに出たのであった―― 若いものの癖として、出たとこ勝負の元気に任せて、影も見ないで、日盛を、松並木の・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・を立て、父の名も朱字に彫りつけた、それも父の希望であって、どうせ立てるならばおれの生きてるうちにとのことであったが、いよいよでき上がって供養をしたときに、杖を力に腰をのばして石塔に向かった父はいかにも元気がなく影がうすかった。ああよくできた・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・と云って夜中、酒をすすめたので此の親仁は大変に元気よく一寸もなげく様子がない。役人が云うには「ほかにもつみがあって命をとられるものがあるのに」と云って「自分のつみは云わないで歎くものが多いのに貴方はよくお歎になりませんネ。貴方は子のかわりの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・六十三という条、実はマダ還暦で、永眠する数日前までも頭脳は明晰で、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気旺勃としていた精力家の易簀は希望に輝く青年の死を哀むと同様な限りない恨事である。・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反せて一番近い村をさして歩き出した。 女房は真っ直に村役場に這入って行ってこう云った。「あの、どうぞわたくしを縛って下さいまし、わたくしは決闘を致しまして、人を一人殺しました・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・しかし、このほうは、珍しく、元気がよくて、幾つも同じような花を開きました。そのうえ、ほんとうになつかしい、いい香りがいたしました。 のぶ子は、青い花に、鼻をつけて、その香気をかいでいましたが、ふいに、飛び上がりました。「わたし、お姉・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・そんなものの五片や六片で、今朝からの空腹の満たされようもないが、それでもいくらか元気づいて、さてこの先どうしたものかと考えた。 ここから故郷へは二百里近くもある。帰るに旅費はなし、留まるには宿もない。止むなくんば道々乞食をして帰るのだが・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・というのは、事情を話せば恵んでくれるでしょうが、そのための口を利く元気すらない時の方が多かったのです。といえば嘘みたいですが、本当に疲労と空腹がはげしくなれば、口を利くのもうるさくなる。ままよ、面倒くさい口を利くくらいなら、いっそ食べずにお・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫