いちばん下の勇ちゃんには、よくおなかをいためるので、なるべく果物はたべさせないようにしてありましたから、ほかの兄さんや、姉さんたちが、果物をたべるときには、勇ちゃんの遊びに出て、いないときとか、また夜になって、勇ちゃんが寝てしまってか・・・ 小川未明 「お母さんはえらいな」
・・・銭占屋の兄さん、もう九時だよ。」「九時でも十時でも、俺あ時間に借りはねえ。」と寝床の中で言った。 すると、女は首を竦めて、ペロリと舌を出して私の顔を見た。何の意味か私には分らなかった。擦違うと、干鯣のような匂のする女だ。 階下へ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「いや、そういうわけでしたらそれではFさんの方はそういうことにしましょうか。兄さんの方は後でまたゆっくりと方法を考えて、国へ帰るにしても旅へ出るにしても、とにかくあまりむりをなさらない方がいいでしょう」と言って弟は私の憔れた顔にちょっと・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 弟の細君の実家――といっても私の家の分家に当るのだが――お母さん、妹さん、兄さんなど大勢改札口の外で、改った仕度で迎いに出ていてくれた。自動車をやっているので、長兄自身大型の乗合を運転して、昔のままの狭い通りや、空濠の土手の上を通った・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・そして神崎、朝田の二人が浴室へ行くと間もなく十八九の愛嬌のある娘が囲碁の室に来て、「家兄さん、小田原の姉様が参りました。」と淑かに通ずる。これを聞いて若主人は顔を上げて、やや不安の色で。「よろしい、今ゆく。」「急用なら中止しまし・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でなくて大人であったなら疾くに自分は言出すはずのことだったから、仕方がないと自分に決めて、 兄さん、済まないけれどもネ、お前の坐っているところを、右へでも左へでも宜いから、一間・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・あなたさまのお話わすれません。兄さんのことはクレグレもおたのみします。母はまだキョウサントウと云えませんよ。まだ自分のむすこのことが分らないのです。元気でいて下さい。――云々。 救援会の人は手紙を前にしばらくじッとしていたが、そこに・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・三人の中でも兄さん顔の次郎なぞは、五分刈りであった髪を長めに延ばして、紺飛白の筒袖を袂に改めた――それもすこしきまりの悪そうに。顔だけはまだ子供のようなあの末子までが、いつのまにか本裁の着物を着て、女らしい長い裾をはしょりながら、茶の間を歩・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・章坊は、「兄さんを写してあげるんだから、よう、炬燵から出てくださいよ」と甘えるように言うかと思うと、「じきです。じき写ります」と、まじめに写真やのつもりでいる。「兄さんは炬燵へ当ってる方がうまく写るよ」「だって姉さんが邪魔を・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・RIICHI UMEKAWA とロオマ字でもって印刷した名刺を作らせ、少し気取って私にも一枚くださいましたが、読んでみると、リイチ・ウメカワとなっているので、私まで、ひやっとして、兄さんは、ユメカワでしょう? わざと、こう刷らせたの? とた・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫