・・・あるいはこれを捨てて用いざらんか、怨望満野、建白の門は市の如く、新聞紙の面は裏店の井戸端の如く、その煩わしきや衝くが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑が一人の家嫂を窘るに異ならず。いかなる政府も、これに堪ゆること能わざるにい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 二郎がその問いを不快に感じる心、あなたが善良な夫になれば、嫂さんだって善良な妻ですよ、という態度にも一郎は弟のその常識性の故に激しく反撥する。直という女は、何処からどう押しても押しようのない女、丸で暖簾のように抵抗ないかと思うと、突然・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・ 私は大変珍らしく暖くなった様な心持になって、自分がかくれて居るのだと云う事等は、すっかり忘れてあれこれと見廻して居ると、祖母の陰になって顔の見えない叔父の声が突然非常に大きく、「嫂さん。と投げつける様に叫んだ。 苦・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・関係から云っても、同級であった桃子の兄嫁のところへ、ただ洋裁の仕事先として多喜子は来ているのであった。 仮縫いの方を着て尚子が立っている背中の皺にピンをしているところへ、襖の外から、「いい?」 声をかけて、桃子が入って来た。・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・「そりゃそうさ、お嫂さんたらVにするなんて。そんなのないわ」 裾の長さまできめてから、多喜子は自分も立ち上って、出来栄えを眺めた。「思ったよりよかったこと――お袖のところいいかしら? つれません?」「――いいようよ」 桃・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 若い嫂であった母を対手に、子供のための本を書くことを計画して、その思いつきは折から父が外国へ出かけていて留守中だった母をもかなり熱心に動かしたらしい。耳から頭へ大きく白く繃帯をかけた、どっちかというとこわい顔の大柄の叔父の病床のわきで・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・少くとも兄嫁が家にのこっているとき、次弟の妻が自由に行動するというようなことは普通にはあり得ない。 結婚が、本人たちの生涯にかかわる問題でなくて、「家」の問題であることから生れた悲劇は、中国と日本の文学にみちあふれている。郭沫若の自伝に・・・ 宮本百合子 「離婚について」
出典:青空文庫