・・・「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・これは菊池が先月の文章世界で指摘しているから、今更繰返す必要もないが、唯、自分にはこの異常性が、あの黒熱した鉄のような江口の性格から必然に湧いて来たような心もちがする。同じ病的な酷薄さに色づけられているような心もちがする。描写は殆谷崎潤一郎・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・「ここに、先月日本で発表された小説の価値が、表になって出ていますぜ。測定技師の記要まで、附いて。」「久米と云う男のは、あるでしょうか。」 僕は、友だちの事が気になるから、訊いて見た。「久米ですか。『銀貨』と云う小説でしょう。あり・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ そうすると、つい先月のはじめにねえ、少しいつもより容子が悪くおなんなすったから、急いで医者に診せましたの。はじめて行った時は、何でもなかったんですが、二度目ですよ。二度目にね、新さん、一所にお医者様の処へ連れて行ってあげた時、まあ、ど・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・「旦那聞いてください、わし忌ま忌ましくなんねいことがあっですよ、あの八田の吉兵エですがね、先月中あなた、山刈と草刈と三丁宛、吟味して打ってくれちもんですから、こっちゃあなた充分に骨を折って仕上げた処、旦那まア聞いて下さい其の吉兵エが一昨・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出てそうそうだのに、先月はお花を何千本売って、この廓で四番目なのだと言った。またそれは一番から順に検番に張り出され、何番かまではお金が出る由言った。女の小ざっぱりしているのはそんな彼女におかあはん・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・「だってこうなってからというものア運とは云いながら為ることも為ることもどじを踏んで、旨え酒一つ飲ませようじゃあ無し面白い目一つ見せようじゃあ無し、おまけに先月あらいざらい何もかも無くしてしまってからあ、寒蛬の悪く啼きやあがるのに、よじり・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・も開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかり・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「さあ、先月の中旬ごろだったでしょうか。あがらない?」「いいえ。きょうは他に用事もあるし。」僕には少し薄気味がわるかったのである。「恥かしいことでしょうけれど、私は、女の親元からの仕送りで生活していたのです。それがこんなになって・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・こんなものにも、今月からは三円以上二割の税が附くという事、ちっとも知らなかった。先月末、買えばよかった。でも、買い溜めは、あさましくて、いやだ。履物、六円六十銭。ほかにクリイム、三十五銭。封筒、三十一銭などの買い物をして帰った。 帰って・・・ 太宰治 「十二月八日」
出典:青空文庫