・・・おらが家の花も咲いたる番茶かな 先輩たる蛇笏君の憫笑を蒙れば幸甚である。 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・僕は唯先輩たる斎藤さんの高教に従ったのである。 発行所の下の座敷には島木さん、平福さん、藤沢さん、高田さん、古今書院主人などが車座になって話していた。あの座敷は善く言えば蕭散としている。お茶うけの蜜柑も太だ小さい。僕は殊にこの蜜柑にアラ・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・恋の醒めぎわのような空虚の感が、自分で自分を考える時はもちろん、詩作上の先輩に逢い、もしくはその人たちの作を読む時にも、始終私を離れなかった。それがその時の私の悲しみであった。そうしてその時は、私が詩作上に慣用した空想化の手続が、私のあらゆ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首をもって、骨を削り、肉を裂いて、人性の機微を剔き、十七文字で、大自然の深奥を衝こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。憚り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないか・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 硯と巻き紙とを呼んで、僕は飲みながら、先輩の某氏に当てて、金の工面を頼む手紙を書いた。その手紙には、一芸者があって、年は二十七――顔立ちは良くないし、三味線もうまくないが、踊りが得意――普通の婦人とは違って丈がずッと高く――目と口とが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・政治家や実業家には得てこういう人を外らさない共通の如才なさがあるものだが、世事に馴れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 近来はアイコノクラストが到る処に跋扈しておるから、先輩たる坪内君に対して公然明言するものはあるまいが、内々では坪内君の文学は自分等とは交渉しないナドトいってるものもあるかも知れぬが、坪内君が新らしい文学の道を開いてくれなかったなら今日・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・寄宿舎へはいった晩、先輩に連れられて、円山公園へ行った。手拭を腰に下げ、高い歯の下駄をはき、寮歌をうたいながら、浮かぬ顔をしていた。秀才の寄り集りだという怖れで眼をキョロキョロさせ、競争意識をとがらしていたが、間もなくどいつもこいつも低脳だ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・文学を勉強しようと思っている青年が先輩から、まず志賀直哉を読めと忠告されて読んでみても、どうにも面白くなくて、正直にその旨言うと、あれが判らぬようでは困るな、勉強が足らんのだよと嘲笑され、頭をかきながら引き下って読んでいるうちに、何だか面白・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ そうサ、僕はその頃は詩人サ、『山々霞み入合の』ていうグレーのチャルチャードの飜訳を愛読して自分で作ってみたものだアね、今日の新体詩人から見ると僕は先輩だアね」「僕も新体詩なら作ったことがあるよ」と松木が今度は少し乗地になって言った。・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫