・・・と同時にまっ白な、光沢のある無数の糸が、半ばその素枯れた莟をからんで、だんだん枝の先へまつわり出した。 しばらくの後、そこには絹を張ったような円錐形の嚢が一つ、眩いほどもう白々と、真夏の日の光を照り返していた。 蜘蛛は巣が出来上ると・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・皮膚は一体に光沢を失って、目のまわりにはうす黒く暈のようなものが輪どっている。頬のまわりや顋の下にも、以前の豊な肉附きが、嘘のようになくなってしまった。僅に変らないものと云っては、あの張りのある、黒瞳勝な、水々しい目ばかりであろうか。――こ・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・……… 保吉は人のこみ合ったプラットフォオムを歩きながら、光沢の美しいシルク・ハットをありありと目の前に髣髴した。シルク・ハットは円筒の胴に土蔵の窓明りを仄めかせている。そのまた胴は窓の外に咲いた泰山木の花を映している。……しかしふと指・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ と翁が呼ぶと、栗鼠よ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀のごとくに光沢あって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。 袖近く、あわれや、片手の甲の上に、額を押伏せた赤沼の小さな主は、その目を上ぐるとひ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色のその革鞄には、以来、大海鼠に手が生えて胸へ乗かかる夢を見て魘された。 梅雨期のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿を帯びていたのに、年数・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・…… 頤骨が尖り、頬がこけ、無性髯がざらざらと疎く黄味を帯び、その蒼黒い面色の、鈎鼻が尖って、ツンと隆く、小鼻ばかり光沢があって蝋色に白い。眦が釣り、目が鋭く、血の筋が走って、そのヘルメット帽の深い下には、すべての形容について、角が生え・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・痩せぎすであったけれども顔は丸い方で、透き徹るほど白い皮膚に紅味をおんだ、誠に光沢の好い児であった。いつでも活々として元気がよく、その癖気は弱くて憎気の少しもない児であった。 勿論僕とは大の仲好しで、座敷を掃くと云っては僕の所をのぞく、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・白い部分は光沢を失ってやや青みを帯んでいる。引き締まった顔がいよいよ引き締まって、眼は何となし曇っている。これを心に悩みあるものと解らないようでは恋の話はできない。 それのみならず、おとよは愛想のよい人でだれと話してもよく笑う。よく笑う・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・紅みがかった、光沢のある葉がついていたのであろうけれど、ほとんど落ちてしまい、また、美しい、ぬれたさんご珠のような実のかたまった房が、ついていたのだろうけれど、それも落ちてしまって、まったく見る影はありませんでした。「ああ、かわいそうに・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・雨に光沢を得た樹の葉がその灯の下で数知れない魚鱗のような光を放っていた。 また夕立が来た。彼は閾の上へ腰をかけ、雨で足を冷やした。 眼の下の長屋の一軒の戸が開いて、ねまき姿の若い女が喞筒へ水を汲みに来た。 雨の脚が強くなって、と・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫