・・・窓を開けて仰ぐと、溪の空は虻や蜂の光点が忙しく飛び交っている。白く輝いた蜘蛛の糸が弓形に膨らんで幾条も幾条も流れてゆく。昆虫。昆虫。初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。日光が樫の梢に染まりはじめる。するとその梢からは白い水蒸気のよ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・それの飛んで行った方角には日光に撒かれた虻の光点が忙しく行き交うていた。「痴呆のような幸福だ」と彼は思った。そしてうつらうつら日溜りに屈まっていた。――やはりその日溜りの少し離れたところに小さい子供達がなにかして遊んでいた。四五歳の童子・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 急速な運動を人間の目で見る場合には、たとえば暗中に振り回す線香の火のような場合ならば網膜の惰性のためにその光点は糸のように引き延ばされて見えるのであるが、普通の照明のもとに人間の運動などを見る場合だとその効果は少なくも心理的には感じら・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫