・・・寺田にしては随分思い切った大胆さで、それだけ一代にのぼせていたわけだったが、しかし勘当になった上にそのことが勤め先のA中に知れて免職になると、やはり寺田は蒼くなった。交潤社の客で一代に通っていた中島某はA中の父兄会の役員だったのだ。寺田は素・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・「ナーニ。」「免職? 御さとし免職ってことが有るってネ。もしか免職なんていうんなら、わたしゃ聴きやしない。あなたなんか、ヤイヤイ云われて貰われたレッキとした堅気のお嬢さんみたようなもので、それを免職と云えば無理離縁のようなものですか・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・その場合その研究員を免職させない会社があったら、それは記録に値いするであろうと思う。 官営また私営の純粋な科学研究を目的とする研究所も少数にはある。そういう処は比較的最も自由な学者の楽天地である。しかしそういう処でも「絶対の自由」などと・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・この椎茸少々宜しからぬ事があって途中から免職になったのはよかったが、その後任の爺さんがドーモ椎茸でなかったので坊チャン一通りの不平でない。これにはさすがの両親も持て余したと云う。 寺田寅彦 「車」
・・・また映画ではここでびっこの小使いが現われ、それがびっこをひくので手にさげた燭火のスポットライトが壁面に高く低く踊りながら進行してそれがなんとなく一種の鬼気を添えるのだが、この芝居では、そのびっこを免職させてそれを第二幕の酒場の亭主に左遷して・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・打ち明けたところを申せば今度の講演を私が断ったって免職になるほどの大事件ではないので、東京に寝ていて、差支があるとか健康が許さないとか何とかかとか言訳の種を拵えさえすれば、それですむのです。けれども諸君のためを思い、また社のためを思い、と云・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・主人苦沙弥先生も今頃は休職か、免職になったかも知れぬ。世の中は猫の目玉の様にぐるぐる廻転している。僅か数カ月のうちに往生するのも出来る。月給を棒に振るものも出来る。暮も過ぎ正月も過ぎ、花も散って、また若葉の時節となった。是からどの位廻転する・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』下篇自序」
・・・ 十九にもなったものを只食わしては置けないと云うので、あらんかぎりの努力をして漸う専売局の極く極く下の皆の取り締りにしてもらったのは、良吉のひどい骨折りであった。 免職されない代り、目立ってもらうものが増えもしない。 何をしても・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・『読売新聞』は一貫して犯罪性を強調し、この裏に共産党ありと、あすにも犯人があがりそうに不安な雰囲気をかきたててきたが、今日の『読売』をみると一役すんだのだろう、国鉄中闘委員会左派十四名免職をトップに、あとは野球、囲碁へと注意を流している・・・ 宮本百合子 「犯人」
出典:青空文庫