こじまいけん【児島惟謙】
[1837〜1908]明治時代の裁判官。愛媛の生まれ。大審院長。大津事件に際し、政府の介入に抗して司法権の独立を守った。のち、貴族院議員・衆議院議員。
こじまきくお【児島喜久雄】
[1887〜1950]美術史家。東京の生まれ。美術評論家としても活躍し、特にレオナルド=ダ=ビンチの研究にすぐれた業績を残した。
こじまぜんざぶろう【児島善三郎】
[1893〜1962]洋画家。福岡の生まれ。二科会会員を経て独立美術協会の結成に参加。フォービスムの手法と日本画の伝統美を融合した、装飾性に富む画風を確立。
こじまたかのり【児島高徳】
南北朝時代の武将。備前の人。元弘の変で隠岐 (おき) へ流される途中の後醍醐天皇の行在所に忍び込み、桜の幹に「天莫レ空二勾践一、時非レ無二范蠡一」と記して天皇を励ましたといわれるが、その事跡は「太平記」に述べられるのみで、実在が疑問視されている。→天勾践 (こうせん) を空しゅうすること莫れ時に范蠡 (はんれい) 無きにしも非ず
こじまとらじろう【児島虎次郎】
[1881〜1929]洋画家。岡山の生まれ。印象派的な画風を示す。大原孫三郎の依嘱により渡欧して美術品を収集し、大原美術館の基礎を作った。
こじまわん【児島湾】
岡山県南部の湾。江戸時代から干拓が行われ、西部は昭和34年(1959)堤防で締め切られて児島湖となった。
こじまこ【児島湖】
岡山県南部にある人工の淡水湖。面積11平方キロメートル。江戸時代から干拓が行われていた児島湾の西部を、昭和34年(1959)堤防で締め切ってつくられた。児島湾干拓地の水不足解消と灌漑 (かんがい) 用水の供給が目的。笹ヶ瀬川・倉敷川が流入する。
こじまはんとう【児島半島】
岡山県南部、瀬戸内海に臨み児島湾を抱く半島。かつては吉備 (きび) 児島と呼ばれる大きな島だったのが、高梁 (たかはし) 川・旭川などの沖積作用で近世初期に陸続きになった。主に丘陵性の山からなり、東部の金甲 (きんこう) 山(標高403メートル)、南西部の国指定名勝の鷲羽 (わしゅう) 山(標高113メートル)は瀬戸内海国立公園に含まれる。東半分部は玉野市、北東端は岡山市、南西部は倉敷市。西端に水島臨海工業地域の一部が位置する。