・・・あらぬを知りつつ謙三郎は、日に幾回、夜に幾回、果敢なきこの児戯を繰返すことを禁じ得ざりき。 さてその頃は、征清の出師ありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にあ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙かにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今もなお熱心に――厚紙でサンドウィッチのように挾んだうえから一思い・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・四元の世界を眺めている彼には二元の芸術はあるいはあまりに児戯に近いかもしれない。万象を時と空間の要素に切りつめた彼には色彩の美しさなどはあまりに空虚な幻に過ぎないかもしれない。 三元的な彫刻には多少の同情がある。特に建築の美には歎美を惜・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔を蹴返す時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。気を狂いてカメロットの遠きに走れる人の、わが傍にあるべき所謂はなし。離るるとも、誓さえ渝らずば、千里を・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・能代の膳には、徳利が袴をはいて、児戯みたいな香味の皿と、木皿に散蓮華が添えて置いてあッて、猪口の黄金水には、桜花の弁が二枚散ッた画と、端に吉里と仮名で書いたのが、浮いているかのように見える。 膳と斜めに、ぼんやり箪笥にもたれている吉里に・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 左れば瘠我慢の一主義は固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときはほとんど児戯に等しといわるるも弁解に辞なきがごとくなれども、世界古今の実際において、所謂国家なるものを目的に定めてこれを維持保存せんとする者は、この主義・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・併し文学が児戯に類すると云う話と、今の話は別だよ。ただ批評をして見ると、一寸そんな事を云って見度くなるのだね。 私は、まア、懐疑派だ。第一論理という事が馬鹿々々しい。思想之法則は人間の頭に上る思想を整理するだけで、其が人間の真生活とどれ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫