・・・とも子花を持ちて入場。とも子 あの、ごめんくださいまし……戸部 ともちゃん……俺だ……俺だ……とも子 あら……あなた戸部さんじゃなくって。戸部 俺は君のハズで……戸部の弟だよ。とも子 あらそうだわ。まあそれに違い・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・それでも岡村は何と思うてか、停車場では入場券まで買うて見送ってくれた。 予は柏崎停車場を離れて、殆ど獄屋を免れ出た感じがした。岡村が予に対した仕向けは、解ってるようで又頗る解らぬ所もある。恋は盲目だという諺もあるが、お繁さんに於ける予に・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ それは入場料ではないか。私はその山椒魚を買うつもりなんだよ。お金も準備して来た。」先生は大きい紙いれを懐中から出して火燵の上に載せてにやりと笑った。私はその顔を見て、なんだかまた薄気味が悪くなって来た。「先生、大丈夫ですか?」「大・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・日劇を、ぐるりと取り巻いている入場者の長蛇の列を見ると、私は、ひどく重い気持になるのである。「映画でも見ようか。」この言葉には、やはり無気力な、敗者の溜息がひそんでいるように、私には思われてならない。 弱者への慰めのテエマが、まだ当分は・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・ 入場したときは三勝半七酒屋の段が進行していた。 人形そのものの形態は、すでにたびたび実物を展覧会などで見たりあるいは写真で見たりして一通りは知っていたのであるが、人形芝居の舞台装置のことについては全く何事も知らなかったので、まず何・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 楽々園で車を降りて入場しようとすると、向うから来る酔っぱらいの二人連れが何かしら不機嫌でいきなり出入口のターンパイクを引っこ抜いて投げ出して行った。園内の芝生は割合に気持のいいところである。芝生の真中で三、四人弁当をひろげて罎詰めの酒・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・このような神経の異常を治療するのにいちばん手軽な方法は、講演会場から車を飛ばしてどこかの常設映画館に入場することである。上映中の映画がどんな愚作であってもそれは問題でない、のみならずあるいはむしろ愚作であればあるほどその治療的効果が大きいよ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ それはとにかく、実に幸いなことには事件の発生時刻が朝の開場間ぎわであったために、入場顧客が少なかったからこそ、まだあれだけの災害ですんだのであるが、あれがもしや昼食時前後の混雑の場合でもあったとしたら、おそらく死傷の数は十数倍では足り・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・だから入場するなというような意味の立て札がある。ちょっとしたアイロニーを感じさせる。垣根からのぞくと広々とした緑の海の上にぽつりぽつり白帆のように人影が見える。ゴルフをやらない人間から見ると、ゴルフをやっている人はみんな大貴族か大金持ちのよ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ ベルリンの美術館などの入口の脇の壁面に数寸角の金属板が蝋燭立かなんかのように飛出しているのを何かと思ったら、入場者が吸いさしのシガーを乗っけておく棚であった。点火したのをそこへ載せておくと少時すると自然に消えて主人が観覧を了えて再び出・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫