・・・――その上野の美術展覧会に入選した。 構図というのが、湖畔の霜の鷭なのである。――「鷭は一生を通じての私のために恩人なんです。生命の親とも思う恩人です。その大恩のある鷭の一類が、夫も妻も娘も忰も、貸座敷の亭主と幇間の鉄砲を食って、一・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・おそらくは未だ、一枚の画も、売れた事は無かろうし、また、展覧会にさえ、いちども入選した事は無いようである。それでも杉野君は、のんきである。そんな事は、ちっとも気にしていないのである。ただ、ひたすらに、いい画をかきたいと、そればかり日夜、考え・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・その後に冬木立の逆様に映った水面の絵を出したらそれは入選したが「あれはあまり凝り過ぎてると碧梧桐が云ったよ」という注意を受けた。 やはりその頃であったと思うが、子規が熟柿を写生した絵を虚子が見て「馬の肛門かと思った」と云った。それを子規・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・ サロンに入選しても、マリアはますます自分の画の不満を自覚してきびしく自分を鞭撻しているのに、家族の者がマリアの体を気づかう姑息な女々しい心遣いはマリアを立腹させるばかりである。マリアの耳では目醒時計の刻む音がきこえなくなった。過去四年・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・同時にそのことはとびぬけた作品はなかったことも意味し結局入選は紙上で知らせたようになった。「雛菊寮雑記」――若い婦人車掌だけの寮雛菊寮に暮す佳子、美代、文江、喜久枝たちが笠井重吉という学校出の運転手をかこむ女車掌らしい感情のいきさつを描・・・ 宮本百合子 「『労働戦線』小説選後評」
出典:青空文庫