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秋田県北西部、男鹿 (おが) 半島の基部にある海跡湖。かつては日本第2の大湖であったが、昭和32年(1957)からの干拓により耕地化し、昭和39年(1964)大潟 (おおがた) 村がつくられ、面積の約2割が調節池として残る。
千葉治平の著作。昭和47年(1972)刊。副題「ある大干拓の記録」。